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世界陸上2005

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注目選手紹介

末続慎吾

末続慎吾

南部忠平記念陸上 男子100メートルで10秒15(追い風参考記録)をマークして優勝した末続慎吾=05年7月10日、北海道・円山競技場

夢の9秒台突入なるか!
短距離のエース 末続慎吾(25=ミズノ)

 7月に行われた南部記念。力みのない、末続らしい“なんば走り”で100メートルのゴールを駆け抜けた。追い風3・4メートルの参考記録ながら10秒15の好タイム。左ひざ裏痛で2カ月間も走れなかった男が、朝原宣治(33=大阪ガス)ら他選手を1メートル以上離した。強い末続が復活した。

 03年8月のパリでの世界陸上。末続は歴史に名し、世界にその存在をアピールした。200メートルを20秒38のタイムで走り銅メダルを獲得。日本人には無理といわれた短距離種目(100、200、400メートル)でのメダル獲得は、1912年(明治45年)ストックホルム五輪に三島弥彦が出場以来91年目にして初の快挙だった。

 昨年のアテネ五輪では屈辱を味わった。メダル獲得の可能性は200メートルの方が高かったはずだ。しかし末続は敢えて100メートルへの出場にこだわった。「子供のころ、100メートルの世界記録が出るシーンを見てすごいなぁーって思った。あの舞台に立ちたかった。(決勝で)すごい黒人選手の中に日本人が1人いる光景を、ぼく自身も見てみたい」。200メートルで1位になっても人類最速とは呼ばれない。まだ黄色人種が踏み入れたことのない9秒台の世界を、五輪での決勝進出を夢見た。しかし結果は2次予選敗退。スタートから遅れ、10秒19のタイムで5着に終わった。9秒台の実現は今大会に持ち越された。

 代表決定後の7月中旬の合宿で、出場種目を尋ねられた末続は「問題ない。両方出るつもり」と100、200メートルでの出場を明言した。さらにヘルシンキへの出発式では、個人2種目と400メートルの3種目出場を宣言し「中心は400メートルリレー。日本記録でメダルを狙いたい」と話した。アテネ五輪の400メートルリレーは38秒49で五輪史上最高の4位入賞。満足感とともに「あと1つ順位が上ならば」という気持ちも生まれた。

 100メートルの日本記録は伊東浩司の10秒00。200メートルは一昨年の日本選手権で末続自身がマークした20秒03。400メートルは38秒31。今回はいずれの記録も更新できる可能性がある。3位に入賞し雄たけびをあげたパリの夏。予選で敗退し悔しい思いをしたアテネの夏。今年は末続にとってどんな夏になるのだろうか。


 ※末続は4日、開幕日の6日に1次予選が始まる100メートルには出場せず、前回パリ大会で銅メダルを獲得した200メートルに個人種目は専念する意向を表明した。

為末大

再び表彰台へ
復活を期す小さなハードラー 為末大(27=A.P.F)

 体をいじめ抜いた為末が世界の舞台に帰ってくる。6月下旬から欧州で7戦に出場。6月27日のプラハ国際では海外の主要大会では4年ぶりとなる優勝。続く7月3日のパドバ国際でも優勝し復調ぶりを示した。1カ月間での7つのレースというハードな日程で、ハードル技術や勝負勘を磨いて、大舞台を迎えようとしている。

 為末が世界選手権で銅メダルを獲得したのは、4年前のエドモントン大会になる。大きな選手のほうが有利といわれる400メートル障害で、身長170センチの為末は、8台目までトップを走り、残り2台は「タンクが空っぽになった先は魂で走る」と話した通りの気力の走りでゴールを駆け抜けた。トラック種目では日本人で初となるメダルを獲得。一躍、時の人となった。

 しかし03年のパリ世界選手権では準決勝で敗退。04年のアテネ五輪では1台目のハードルを越える際に突風にあおられてバランスを崩し、48秒46のタイムをマークしながら2次予選で敗退した。

 アテネで結果を残せば引退すら考えていたが、「これでグラウンドから離れられなくなりました」と北京五輪に向けて再スタートを切った。今年に入って取り組んだのが、高地トレーニングだ。

 今年2月に、標高2100メートルの米アリゾナ州フラッグスタッフで、合宿を敢行。瞬発系の短距離選手としては異例の高地合宿だが、友人でもある北島が五輪前に行なったのと同じ合宿地で1カ月間トレーニングをして「持ち味の有酸素運動の能力がさらに生かされるようになった」と高地トレーニングの効果を実感している。

 狙うはヘルシンキ世界選手権での再びの表彰台のみ。侍ハードラーは、ハードなトレーニングで鍛えぬいた根性の走りでトラックを駆け抜ける。

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