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「W杯のピッチを走る姿を子供たちに見せたい」 中村俊輔 中村俊輔(レジーナ)
2002年9月23日付 紙面
2002年9月23日付
PKゴール!!俊輔
 【レッジョカラブリア(イタリア)22日=飯田玄、盧載鎭、波平千種通信員】レジーナMF中村俊輔(24)が、デビュー2戦目で初ゴールを決めた。強豪インテルを相手に後半ロスタイム、得意の左足でPKを右隅に突き刺した。ホーム開幕戦で華麗なパスとドリブルを披露。満員のスタンドを魅了した。試合は終了間際に決勝点を許して1−2と敗れたが、日本のファンタジスタがセリエAのピッチに確かな1歩をしるした。
(日刊スポーツ2002年9月23日付)

  横浜MF中村俊輔(当時23)は悩んでいた。2002年7月2日、横浜市内のホテルの一室。時計の針が深夜12時を回ろうとしている。「完全移籍のオファーを待つべきか、それともレジーナにレンタル移籍した方がいいのか。逃げ道は残したくない。でも今のタイミングを逃すと、もう2度とチャンスは来ないかもしれない」。そう自問する内に夜が明けた。3日の午前6時。個人代理人のロベルト佃氏が部屋のドアを開けた時、中村は目をつぶったまま言った。「レジーナで頑張る ! 」。
誠意を感じての決断

 レジーナのパスクアレ・フォティ会長が1日、2泊3日の日程で来日していた。横浜との移籍交渉で「6カ月のレンタル移籍+完全移籍」の条件を提示。「オレが帰国するまで返事をして欲しい」。突然、飛び込んだイタリアからの移籍話。完全移籍でスペイン進出を模索していた中村は、一晩悩んで進路をイタリアへ方向転換した。それまでペルージャ、ウディネーゼなど、セリエA複数クラブからのオファーを断り続けたが、会長が自ら来日したことで、誠意を感じての決断だった。
横浜対レジーナ 得意の左足で古巣横浜DF陣の間を抜きパスを出す中村俊輔
横浜対レジーナ 得意の左足で古巣横浜DF陣の間を抜きパスを出す中村俊輔=2003年8月6日横浜国際競技場(写真=松本俊)
控え組に甘んじたジュニアユース時代

 サッカーにおける日本の競技人口は約83万人。そのうち代表のユニホームを着ることができるのはほんの一握りの選ばれた選手に限られる。優れた身体能力で競争に勝ち進んでやっと栄光を手に入れることができる。しかし中村は決してサッカー優等生ではなかった。4歳からサッカーを始め、左利きのテクニシャンとして横浜では名を知られていたが、マリノスのジュニアユース時代は身長が伸びず、パワー不足で控え組に甘んじた。結局、同チームのユースには上がれず、桐光学園に進学した。

負け組から勝ち組みへ
中盤でボールを奪い合う市船橋・北嶋秀朗(左)と桐光学園・中村俊輔
中盤でボールを奪い合う市船橋・北嶋秀朗(左)と桐光学園・中村俊輔=1997年1月8日国立競技場
 柔らかいボールタッチと速いボールさばきは、体が小さかったからこそ身につけた自己防衛術だ。トラップが甘いと相手に詰められ、吹っ飛ばされてしまう。ピッチで自分の身を守るためにはワンタッチでパスを出すしかなかった。誰にも邪魔されずにゴールが狙えるFKの技を磨いたのも同じ理由からだ。「中学の時は身長を伸ばすために毎日牛乳を1リットルずつ飲んでいたけど伸びなかった。でも高校の時はなんにもしてないのに、1年に15センチも伸びちゃった」。ここから中村の快進撃が始まった。
 セリエAデビュー直前、中村はこういった。「欧州でやるのは夢だったし、僕が頑張ることによって多くの子供たちの夢も膨らむ。体が小さい子供でも、僕をみてあきらめずにサッカーを続ければいいと思っている」。デビュー2戦目のインテル戦では後半ロスタイムに左足でゴール右隅にPKを決めて、初得点をマークした。
 子供たちの夢を背負っての欧州リーグ挑戦。度重なる負傷に苦しんだ時期もあった。「僕を見てくれている多くの視線がある限り、僕は頑張れる。ここでたくましくなって今度は必ずW杯のピッチを走る姿を子供たちに見せたい」。負け組から勝ち組へ。中村のサクセスストーリーは始まったばかりだ。


【盧載鎭】


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