■日程:8月11日〜14日
■会場:ニュージャージー州バルタスロールGC(7392ヤード、パー70)
■賞金:総額650万ドル(約7億1500万円)優勝117万ドル(約1億2870万円)
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| メジャー2勝目を獲得したフィル・ミケルソン(AP=共同)
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18番で決めた!ミケルソンがメジャー2勝目
フィル・ミケルソン(35=米国)が逃げ切りで全米プロ選手権を制し、メジャー2勝目をつかんだ。最終ラウンドは通算6アンダーの首位タイからスタートし、4アンダーまでスコアを落とした14番グリーン上で雷雲が近づき14日の競技は順延。持ち越しとなった15日は3人が3アンダーで並んでいた18番でバーディーを奪い、最終ラウンドは72。通算4アンダーで2位に1打差で混戦を抜け出した。タイガー・ウッズ(29)は68と追い上げて2アンダーの4位。片山晋呉(32)は3オーバーで23位だった。
5日間に及ぶ激闘を制したのはミケルソンだった。エルキントン、ビヨンと並んで迎えた最終18番ロング。グリーン手前の深いラフからの第3打を50センチに寄せると、勝利を確信したように両腕を掲げてガッツポーズ。「今週はラフからのアプローチが悪かったけど、いつも家の裏庭でやっていることを思い出してやったんだ」。1打差で混戦を抜け出し、昨年マスターズ以来のメジャー2勝目をもぎ取った。
粘り勝ちだった。ラブと並ぶ通算6アンダーで始まった最終ラウンド。14日は強い風に悩まされた。2つスコアを落とした14番のグリーン上で、雷雲接近のためプレーは持ち越し。「転げ落ちるほどひどくはない。この中断は有利だ」。自分に言い聞かせるように前向きに考えた。この日は1メートルのパーパットから再開となったが、きっちり沈めた。
屈辱を晴らすため、今年最後のメジャーに臨んでいた。4月までに3勝を挙げたが、その後は勝利なし。メジャーもマスターズの10位が最高。ウッズが圧勝した全英オープンで60位と惨敗すると、2人のコーチのもとを訪ねた。ショットはリック・スミスに、小技はデーブ・ペルツに再チェックを依頼。「この3週間、2人とともに練習したことが、ここで役立ったんだ」。右から左に曲がる強烈な「カットボール」でドライバーを操作し、ゆっくりとしたストロークでパットも安定していた。
大ギャラリーの声援も力になった。「フィル! フィル!」と叫ぶ観衆に、うなずきながら歩き期待に応えた。「ニュージャージーのファンは素晴らしい。バルタスロールはニクラウスが2回も勝った伝統あるコース。歴史に名前を刻めたよ」。残るメジャーはあと2つ。世界最強のレフティーは、夢のグランドスラムを目指していく。

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| 昨年の覇者ビジェイ・シンと丸山(全英オープンにて、撮影・鈴木豊)
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ビジェイ・シン(フィジー)が、通算3度目のメジャー優勝を果たした。首位スタートで76と崩れたが、通算8アンダーでジャスティン・レナード(米国)クリス・ディマルコ(米国)との3ホールのプレーオフに進出。1ホール目でバーディーを奪い、残り2ホールをパーで2人を振り切った。
全米プロでは98年に続き2度目、メジャーでは00年マスターズを含め3勝目となる優勝を果たした。
タイガー・ウッズは通算2アンダーの24位。同年のマスターズ覇者フィル・ミケルソンは通算6アンダーの6位。日本人選手最高位は、田中秀道で通算4オーバーの55位。片山晋呉は通算5オーバーで65位、丸山茂樹は予選落ちだった。
◆始まり 第1回は1916年に開催され、英国生まれのバーンズが優勝した。それ以降は17〜18年、43年の戦争による中止をはさんだが、毎年開催。初めはマッチプレー形式で行われていたが、58年からはストロークプレー形式に変更。優勝杯はワナメーカー・トロフィーと呼ばれる。
◆優勝あれこれ 最多勝はヘーゲンとニクラウスの5勝。最多連覇はヘーゲンの4連覇(24年〜27年)。最年少優勝は22年のサラゼンで20歳5カ月22日。最年長は68年のジュリアス・ボロスで48歳4カ月18日。完全優勝は83年サットンら過去4人で5回達成。69、82年優勝のフロイドは2回とも完全V。昨年覇者のシンは、最終日に大会覇者の史上最多ストロークとなる76をたたいた。
◆トロフィー紛失 24年に優勝したヘーゲンが、表彰式を終えホテルへ戻る途中、用事を思い出してタクシーを下車。運転手にトロフィーをホテルに届けるように頼んだが、車ごと消えてしまった。ヘーゲンは「どうせまたオレが優勝するから持って来なかった」と翌年の返還をとぼけ、そこから4連覇。28年に敗れたヘーゲンがついに紛失を告白。PGA(全米プロゴルフ協会)は慌てて新しくトロフィーを作ったが、30年になって蒸発したはずのトロフィーが、ヘーゲンの契約している倉庫から発見された。
◆デモ隊乱入 60年、南アの人種差別に抗議するデモ隊が、プレーヤー(南ア)の組に乱入する事件が起こった。
◆ノーマンの悲劇 86年マスターズ、全米オープンで逆転負け。全英オープンでようやく勝ったノーマンだったが、全米プロでは3日目まで首位に立ちながら再び逆転負けを喫した。最終日、18番で首位に並んでいたボブ・ツエーが第2打をバンカーに入れ、既にバーディーチャンスにつけていたノーマンはV目前。しかし、ツエーのバンカーショットが直接カップイン。ノーマンがバーディーパットを外し、劇的な幕切れとなった。
◆過去10年の米メジャー大会優勝者◆
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年 |
マスターズ |
全米オープン |
全英オープン |
全米プロ |
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1996年 |
ニック・ファルド |
スティーブ・ジョーンズ |
トム・レーマン |
マーク・ブルックス |
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1997年 |
タイガー・ウッズ |
アーニー・エルス |
ジャスティン・レナード |
デービス・ラブ |
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1998年 |
マーク・オメーラ |
リー・ジャンセン |
マーク・オメーラ |
ビジェイ・シン |
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1999年 |
ホセマリア・オラサバル |
ペイン・スチュアート |
ポール・ローリー |
タイガー・ウッズ |
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2000年 |
ビジェイ・シン |
タイガー・ウッズ |
タイガー・ウッズ |
タイガー・ウッズ |
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2001年 |
タイガー・ウッズ |
レティーフ・グーセン |
デビッド・デュバル |
デビッド・トムズ |
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2002年 |
タイガー・ウッズ |
タイガー・ウッズ |
アーニー・エルス |
リッチ・ビーム |
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2003年 |
マイク・ウエア |
ジム・フューリク |
ベン・カーティス |
ショーン・ミキール |
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2004年 |
フィル・ミケルソン |
レティーフ・グーセン |
トッド・ハミルトン |
ビジェイ・シン |
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2005年 |
タイガー・ウッズ |
マイケル・キャンベル |
タイガー・ウッズ |
フィル・ミケルソン |
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◆全米プロ過去10年の日本人成績◆
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1995年 |
尾崎直道 31位 |
尾崎将司 49位 |
倉本昌弘 予選落ち |
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1996年 |
中嶋常幸 52位 |
東 聡 78位 |
尾崎直道 予選落ち |
尾崎将司 予選落ち |
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1997年 |
丸山茂樹 23位 |
金子柱憲 71位 |
尾崎直道 予選落ち |
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1998年 |
尾崎直道 44位 |
丸山茂樹 65位 |
尾崎将司 予選落ち |
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1999年 |
尾崎直道 70位 |
丸山茂樹 予選落ち |
伊沢利光 予選落ち |
田中秀道 予選落ち |
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2000年 |
伊沢利光 39位 |
丸山茂樹 46位 |
尾崎将司 78位 |
田中秀道 79位 |
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尾崎直道 予選落ち |
片山晋呉 予選落ち |
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2001年 |
片山晋呉 4位 |
丸山茂樹 22位 |
谷口 徹 予選落ち |
尾崎直道 予選落ち |
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田中秀道 予選落ち |
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2002年 |
丸山茂樹 43位 |
伊沢利光 53位 |
手嶋多一 予選落ち |
谷口 徹 予選落ち |
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片山晋呉 予選落ち |
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2003年 |
伊沢利光 18位 |
丸山茂樹 48位 |
片山晋呉 予選落ち |
谷口 徹 予選落ち |
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2004年 |
田中秀道 55位 |
片山晋呉 62位 |
丸山茂樹 予選落ち |
平塚哲二 予選落ち |
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