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 2004年03月19日更新

「ストーブが故障した」

<戸田真人 北極圏へ自転車で 4>

氷の道

 フェアバンクスを出て、ひたすら北へ走る。北緯65度を超えた。気温は氷点下23度。野営しようとしたら、ストーブの火がつかないではないか! 厳冬期のアラスカを北極圏に向けて走った、驚異のサイクリスト・戸田真人さんの手記、4回目です。

 ******************

  北極圏へ自転車で 4   戸田真人

(5)5日目(2/15 9:15〜2/16 9:15)

 話を聞いてから民宿を出発し、市内の大型スーパーで食料を補給し終えた時には、既に10時を過ぎていた。

 さすがにフェアバンクスまで来ると、この時間でも気温は−20度。実はこの日を境に、アラスカの気温は急激に下がっていった。

 今朝までの降雪がアイスバーンに積もり、低温で軽い雪は、自動車が一台走り去るだけですっかり視界を塞ぐ。

 途中、「おまえの姿は雪煙に消えて全く見えない」「危険だ」と、ドライバーが自動車を止めて叫んでいる。しかし、そう言われたって打つ手が無い。気をつけて走るとしか言い様がない。

 FOXが最後の補給個所と思い、いくつかの菓子を、既にフェアバンクスで買い込んだ当面の食料に追加したが、その先のヒルトップのレストランが本当の最後のサービスであった。

 「この先190kmノーサービス」と書いた看板がでる。しかし、冬季だから190km先にだってサービスは開いていない。もう十分と思いながらも、また少し菓子を買い足した。

 ヒルトップからは、景色が一変し、どこまでも続く丘陵の山肌に、道が一本、うねる様に果てしなく続く。これがエリオットハイウェイだ。

 デナリ国立公園を走るパークハイウェイも、その景観の迫力は日本では味わえない凄いものであったが、ここは高い山が間近に迫る事も無いのに、まるで異次元の迫力だ。迫り来る迫力ではなく、無限に広がる迫力は、これまで私が走ってきた道の中ではアメリカの高地砂漠くらいだろう。

 フェアバンクスまでのアップダウンにも、かなり参っていた。

 装備の量も自転車もまるで違うが、ロッキーマウンテンの3713mの方が遥かに楽に軽快に登っていた。内心は、「フェアバンクスまで持ち堪えられるのだろうか」と思っていた。

 しかし、ここエリオットハイウェイのアップダウンは更に強烈だった。平地部分が無いと言っても過言ではない。登りの汗と下りの急速冷凍、これへの対応にますます苦慮することになる。

 手袋・帽子など、細かく交換し、少しでも適したものを探しながら先へ進むが、思う様に距離を稼げない。日中でも高く上がらない太陽は、気がつくと山陰に隠れようとしている。その光景が、また見たこともない程美しいので、自分の置かれている状況の危機感すら麻痺してくる。この無人区間でも日没後ライトを点けて、少しでも先を目指すが、激しい身体の消耗は全行程を考えた時にマイナスの結果を招くと考え、取り敢えずの行動時間を夜の7時までとした。この時の気温は−23度。

 この日の到達地点は、北緯65度17分。地名など無い。

 暗い中、道路脇のムースの足跡の上にテントを張ってもぐり込んだ。

 すぐに食事と水作りの作業に入るが、ガソリンストーブの加圧が出来ない。ポンピングしてもスカスカだ。これは食事と水が作れない事を意味する。一瞬にして頭の中が白くなる。

 持参品は、これまで使用したことが無いストーブだったので、あれほど事前に練習し、フェアバンクス以前でも使って問題無かったのに、よりによって無人区間に突入したとたんにダメになるなんて。

 気持ちを落ち着かせる。

 フェアバンクスまで戻ってストーブを買うか…。でも、この道をもう一度走ってくるなんて、今は考えられない。

 ここで止めるか…。ようやくここまで走って、いよいよ期待したエリアへ入ったばかりだというのに、ここまでの準備と苦労は何だったのか。

 慣れないストーブにリスクを感じていたので、メンテナンスの取り扱い説明書と考えられる全ての予備パーツを持参していた。それを思い出し、気を落ち着かせて考える。自転車の空気入れがパッキン不良で働かない時に似ている。その考えは当たっていた。気温の低下で、加圧させる弁が固まり、うまく作動しなかったことが分かった。分解して、持っていたメンテナンス用オイルを塗布し回復した。自転車の空気入れの弁は、事前に耐寒グリスに交換していたが、まさかヒマラヤ登山などでも頻繁に使用されるこのモデルのストーブで、いとも簡単にこんな現象が出るとは予想だにしなかった。

 着火したところでようやく気持ちも落ち着き始める。

 食事の次はシューズを脱ぐが、ここで足先が痺れて、何も感覚が無いことに気付く。行動中は意識的に足先を動かしていたので、まさかこんなに感覚が無いとは思わなかった。

 これを想定してシューズも大きめの物を使用していたが、それも通用しなかった。

 夜の間に感覚が復活するのを期待して、必死のマッサージを続ける。

 翌朝は、再び暗い中、走り始めた。

********************

参考 <戸田真人さん プロフィール>
1959年2月6日生まれ(45歳)
東京都出身
茨城大工学部卒業後、オリンパス光学工業株式会社(現:オリンパス株式会社)へ入社
以降、内視鏡システム製品の開発や事業企画に携わる。
12歳ころからスポーツ用自転車に乗り始め、
19歳で、1000キロを越える長距離の無伴走単独タイムトライアルを始める。

<24時間毎の記録>
  日付 走った距離 総登坂高度差 100km当たりの
登坂高度差に換算
夜間の到達地点
1 2/11〜12 235km 1082m 460m TrapperCreek テント
2 2/12〜13 152.7km 1332m 872m Cantwell モーテル
3 2/13〜14 162km 783m 483m Nenana テント
4 2/14〜15 76.3km 746m 978m Fairbanks 民宿
5 2/15〜16 96.2km 1657m 1722m 65度17分 テント

 (注=「バックナンバー」項をクリックしていただくと、過去のコラムをたどれます)

著者の言葉
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 【郵送宛先】 郵便番号104・8055 日刊スポーツ新聞社 編集局 後藤新弥

著者プロフィル
 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、57歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
【 詳細プロフィルへ
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