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| 写真=初めての見習審判。ハードル並べさえおっかなびっくり、いつものようなおやじ的脇見の余裕は全くなかった(撮影・長谷川文) |
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この冒険、ハードルが高い
あこがれの陸上競技公認審判員に挑戦
紺のブレザーをしゃきっと着て、みじんのすきも見せない。絶対的な権威者として、生意気な報道陣や選手にビシリと命令を下す。「一度でいいから、公認審判員になってみたい」とあこがれるのは、子どもだけではないだろう。おやじ編集委員がその夢にチャレンジした。東京陸上競技協会の講習を受けて、17日の東京リレーカーニバル(上柚木)で、初めての見習い審判を体験してみた。
そんなばかな!
設問 女子マラソンで、スターターが「位置に着いて」と宣告して全員の静止を確認した後、そのままピストルを撃ってしまった。
これは○か×かと聞かれた。冗談じゃない、そんな「不用意」な審判は使わないでくれ。おやじは乱暴に×を付けた。B級審判員の資格取得講習会、そろそろ眠くなったころだった。
「これは知ってますね、800メートル以上の競走、競歩では用意は言いません」。講師が解説した。なんだって? そんなばかなと規則書をめくった。大変だ。用意抜きでいきなりドンが正解なのだ。ありがちな「スターターが用意と声を掛けた。そのとき世界が息を止めた」といった表現はでたらめだったのだ。
後日仲間に試したら、陸上担当記者はさすがに正解を即答したが、マラソンファンには危うい人もいた。そんなことは慰めにならない。赤恥だ。30余年の記者歴が土台から崩壊した。
☆ ☆
「給水場に潜入取材したい」と、東京陸協に相談したのが昨年の東京国際女子マラソンの前だった。当時広報担当の浅野光男さん(66=三鷹陸協)に「どうせならきちんと審判資格を申請して、研修を受けてから体験した方が面白い」と、アドバイスを受けた。
マスコミ特権で裏口から潜り込むのに慣れた身には耳が痛かったが、手間が掛かっても正面玄関から堂々と入る方が何事によらず気持ちがいい。よし、正規の審判になろう。
日本陸連全体では約15万人、東京だけでも実動1400人といわれる審判員のピラミッドの底辺に、B級審判員がいる。年30回以上の実務をこなして10年たてばA級に、さらに10年でS級へと「出世」する。
そのB級になるだけでも実は大変だ。2月の講習会に出席した後、指定競技会で8回の実技研修を受けねばならない。人並みに思った。「やめちまうか」。
やめなくてよかった。競技規則など、実は何も知らなかったのだ。定年前にそれに気付いたことは、ある意味幸運ではあった。
☆ ☆
最初の実技講習対象競技会はジュニア中心の「東京リレーカーニバル」で、17日、東京・八王子の上柚木公園競技場で行われた。紺のブレザーにグレーのズボン、黒い靴と、服装規定はこと細かい。ふつうは弁当と交通費が支給されるが、研修生は全部自前だ。身も引き締まる思いで出掛けたが、審判手帳にはった証明写真でまずしかられた。野球帽をかぶったスナップで代用したのは不謹慎。「受け付け不可」で返された。
「本日は用具係」と指示された。走り高跳びのマット運びからハードルのセット、あれやこれや。同僚7人、けっこうな年配者が小学生選手の前で「はい!」「あ、すみません」。
次の指示までおやじは当然直立不動。腰が痛い。たばこが吸いたい。おやじ特有の、いつもの目線で脇見するゆとりもない。この冒険、グレードが高い。
☆ ☆
ハードルの設置は難問だった。第6列を任されたのだが、両端からマークに合わせても、1直線になかなかそろわない。見かねて上級審判員が助けてくれた。「手で上端を動かすから、やればやるほど乱れてしまう。足先でチョチョイと、台をそろえるんだ」。なるほどチョチョイの足技か。
世の中には、人前だとことさら「おいこら」調で威張るのが好きな人もいる。審判だって人間だ、そういう人がいても違和感はなかったが、先輩たちは外見よりずっと優しかった。
日本陸連普及委員会田中征生副委員長(67)「競技会の主役はあくまで選手。選手が競技しやすいように環境を設定するのが審判の任務であることを徹底し、人間としてのマナー向上に留意しています」。
東京陸協の田中利雄審判部長(67)も「ハードルを倒したときの規則運用も、選手に優しい方へ変化している」。審判イコール規則の鬼ではない。「もっとも、我がままは許しません。ルイスがある競技会で『このメーカーのスターティングブロックはいやだ』とごね始めた。じゃあ今夜は走らなくていいよと、きっぱり通達した。彼はちゃんと走ったよ」とも。
審判員は花を支える桜の木の根だ。
☆ ☆
少年の笑顔報酬
大きな競技会には1000人近い審判員が動員される。すべて無償、業務は多岐にわたり、予想以上の知識と修練が要求される。
場内アナウンスも「やばい、すごいなどの流行語を使わない。失敗したではなく、クリアできなかったと表現する」など、正確な日本語と細やかな配慮が規定されている。民放の女子アナにはハードルが高いかもしれない。
午前8時から午後4時まで。おやじはへばった。選手で出た方がよっぽど楽だろう。でも帰りの電車で、表彰状を持った少年が「今日はラッキーだったよ」とうれしげに両親に話すのを見て、疲れは吹き飛んだ。自分の息子が優勝したような気持ちになった。きっとこれが報酬なのだろう。
よし、次の東京選手権(29、30日、国立)はとりあえず休んで自習にしよう。
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後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、58歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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