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| 写真=10日午後1時48分、責任担当1時間を約束して、花巻市で風間君からたすきを受けた(長谷川文撮影) |
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おやじ力走!つなぐ!!
平成国際大の陸上仲間と「日本縦断リレー」に挑戦!!
平成国際大学(埼玉県加須市)の陸上仲間8人が卒業記念に企画した冒険ラン「日本縦断リレー」は12日午後5時ごろ東京・大手町を通過した。6日午前6時に北海道宗谷岬をスタート、1人3時間ずつ担当して2930キロを走り続け、19日に鹿児島・佐多岬にゴールの予定だ。チーム名は地平線を意味するホライゾン、ゲスト参加あり。おやじも岩手県で1時間を担当して青春のたすきををつないだ。
花巻〜北上 10キロ「任せ!」
「来ましたよ」。マネジャーの真下拓也君(22)が叫んだ。マイクロバスから降りて足踏みしてると、雪の残る国道4号を春風のような笑顔で風間悠平君(23)が駆けてくる。ラストスパートだ。「愛と夢を全国に」と刺しゅうしたたすきを外した。「頼みます」「任せ!」。午後1時48分、岩手県花巻市でおやじが受け継いだ。通常は1人1日1回3時間、目標30キロだが「ゲストだし、若いから1時間でいい」とからかわれ、北上市まで10キロの担当だ。
薄日が差して気温は7度に上がったが、西風が強い。むき出しの腕に鳥肌が立つ。直前5日間で3キロ体重を落としたが、にわかランナーには1キロ6分ペースはかなり負担だ。それ以上にたすきの責任が重くのしかかる。1歩1歩を全国中継されているような気分がする。
一方で、その真剣勝負が心地よくもある。自分のためではない、若者を応援しているのだという実感が、逆にああ自分も生きているんだという実感を呼び覚ます。走りは人のためならず。リレーランは不思議なスポーツだ。
もっともおやじの場合は、言うこととやることに少しのずれがある。マイクロバスが先行して見えなくなったので、苦しくて歩きかけた。そういうときに限ってドラマが訪れる。地元のテレビで知ったのか、自転車の小学生に「大学の人、頑張って」と声を掛けられた。「おう」と答え、仕方なくペースをまた上げた。
北上川の支流、和賀川の橋を渡るとようやく1時間、バスが待っていた。隠しておいた最後のパワーを振り絞る。歓声が上がる。横断幕まで用意してくれていた。秋田出身の佐藤久斗君(22)の両親が車を飛ばして応援に来ていた。次の西野公大君(22)が手を挙げている。ここまで通算910キロ、おやじの分も公式記録に残された。
スタートはマイナス2度
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写真=10日午後2時48分、和賀川の橋を渡り終え、次の走者西野君へ魂をリレーした |
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スポーツの本質は汗で伝え合うもの、どうせ取材に来るなら1時間分担当したらと、父兄に言われた。確かに、夢だ勇気だと美辞麗句で飾るだけではおやじも不本意だ。よし出迎えに行くよと、話が決まった。
10日の金曜日、花巻で行き合った。常時誰かが走っている。バスの後ろで3人寝ていた。2人がカーナビを見詰め、次の走者は別のワゴン車で待機中だ。ボランティア7人が運転や連絡業務を担当している。互いの空き時間で風呂にも立ち寄り、洗濯もする。15人の民族移動だ。
宗谷岬のスタートはマイナス2度だった。1走平田俊一郎(22)君は「ブリザードに襲われて何度もよろけ、横向きで走った」。2走の佐藤(公)君は凍った道で足を痛めた。バスから声援が飛んだ。「4年間で初めて仲間を意識した。感動した」。負担金は1人20万円。「菓子屋のバイトで14万円、残りは奨学金の余りを使った」(8走小磯秀治君=22)。それでも予算は足らず、全員に配る予定だった雪道シューズは26センチと27センチの2足しか買えなかった。それを回して走った。佐藤君の足は25・5センチだった。
条件は厳しかった。せっかく距離を稼いでも、トンネルが夜間通行禁止で3時間も足止めされた日もあった。それでも初めての北の大地に興奮した。「誰もやっていない冒険ランだと思うと、トラブルも楽しかった」(5走中沢知之君=22)。「真夜中の緊張が気持ちよかった。大自然と真剣勝負しているみたいだった」(6走佐藤久斗君=22)。「やっと峠を越えて石狩平野を振り返ったとき、走り抜けた距離を実感して胸がいっぱいになった」(7走中沢優司君=22)。
極寒のラン。「だからこそ、人の温かかさが心に残った」(3走風間君)。皆が口々に言う。軽トラのおじさんが1000円札を渡してくれた。おばあさんが手ぬぐいを1本くれた。夜中なのに地元の婦人がスープを熱くして待っていてくれた。羽幌の走友会の人が帽子をくれた。トラックがクラクションを鳴らすので怒っているのかと思ったら、激励だった。
感激に涙を流して走った。涙が凍り付いたが、心は熱かった。足は加速した。
ゴールから先の道へ続く
昨年末、誰かが「まだ何か、走り残した気がする」と言い出した。「考えたら、全員で一緒に何日も走ったことはまだなかった。何か一緒にやりたかった」(4走西野君)。箱根駅伝の予選に出た者もいる。1分29秒差で落ちた。その悔しさをぶつけたい気持ちもあった。計画に支援の申し出が集まったが、唐突だったこともあり、当然の向かい風もあった。事故が起きたら誰が責任を取るのだと。けれど若いエネルギーはもう走り始めていた。寮母さんがたすきを縫った。
「実行まで悩み、苦しんだ。でもそれだけゴールの感動も大きいと思う」(真下マネ)。走り終えて23日の卒業式に出たら、2度と会うことのない仲間もいるだろう。けれど北から南まで、足跡は残る。大きな冒険の感動と、何かをやり残した悔しさの両方の思い出を、大切にしてほしい。それが佐多岬から先の道に、きっと生きる。
◆日本縦断駅伝HP http://www.geocities.jp/ju_dan2006/
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後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、59歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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