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2005/7/11

田臥が僕らの考え方を変えた
National Basketball Association=NBA。米国を拠点とする世界最高峰のバスケットボール・リーグです。NBAジャパンは、その日本法人で1997年に設立。以来、NBAと日本をつなぐ役目を担ってきました。昨年、田臥勇太(24)という日本人初のNBA選手が誕生したことで、NBA本体の日本を見る目は変わったのでしょうか。中原雄氏(38)が、PR担当の内野竜太氏(29)に聞きました。【構成:飯田みさ代】
中原 NBA本体から見た日本というのは、どういったものなんでしょう?
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| NBA本体から見た日本を説明するNBAジャパンの内野氏 |
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内野 90年代はじめから、NBAのスターン・コミッショナーは、アジア、ヨーロッパという地域をターゲットにバスケットボール普及を推進してきました。日本では過去6回、ジャパンゲームを開催しましたが、実は北米以外でNBAの公式戦を開いたのは日本だけなんです。日本は先駆け的なマーケットとして位置付けられています。
中原 重要なマーケットとして考えられているわけですね。
内野 浸透度、人気度を考えると、世界に先駆けたわけですが、現在、世界からNBAに選手が集まっている中、日本人選手は田臥君以外出ていません。それを考えると「異質なマーケット」とも言えます。日本人がプレーしていないリーグでありながら、これだけ認知されているのは、素晴らしいことだと思っています。バルセロナ五輪や、シカゴ・ブルズの爆発的な人気のときに比べれば、露出や話題になる度合いは少ないかもしれませんが、バスケットをやっていない人にも「NBAは、日本人が行けないくらいすごいリーグ」という意識がありますからね。
中原 僕は中学1年の途中でバスケットを始めてから、NBAが大好きでした。「バスケットボールが世界一うまい選手ってだれだろう」と思って雑誌を手にしたとき、当時レーカーズのスター選手だったマジック・ジョンソンの写真が目に飛び込んできて、それからマジックを目指して練習したし、NBAに夢中になりましたね。
内野 80年代のことですね?
中原 そうです。
内野 当時は、レーカーズが全盛でしたからね。でもこの20年間で、日本でのレーカーズの認知度も、NBAの認知度も確実に上がっています。例えば、ロゴマークを見て「ブルズ」と言える人が多いとか。
中原 テレビ中継も増えていますから、今の子供たちは恵まれているなあと、うらやましい限りです。
内野 僕たちはジャパンゲームを開催したり、テレビやウェブで情報を配信したり、専門誌の力を借りて日本のファンの人たちとの接点を作ってきました。でも、田臥君が出てきたことで、NBAは「日本人がプレーする場」に生まれ変わろうとしているんだと思います。
中原 僕は、解説させもらっている立場でありながら、死ぬまでに日本人のNBA選手が出ると思わなかったですから。田臥勇太という男は、どエライことをしたんです。ホント、狭い扉の隙間をこじ開けたというか。
内野 僕も、僕がこの仕事をしているうちに、日本人のNBA選手が出るとは思いませんでした(笑い)。
中原 まあ、日本国民、みんなそうだったんじゃないですか。
内野 彼のおかげで、みんなの目標が「NBA選手になること」でなく、「NBAで活躍すること」に変わったと思います。田臥君は僕らの考え方も変えてくれたし、NBA本体の日本市場の見方も変えた。本体は、これからも日本を注目しなければならないと思っているでしょう。外せないと。
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| 中学校からNBAが大好きだったと熱く語る中原氏 |
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中原 日本におけるNBAが、いい意味で過渡期を迎えている。
内野 そうです。ただ、姚明(中国)のように一気にスターにのし上がる選手の誕生は、今の日本では考えられない。田臥君は、次は年間通してプレーできる選手になろうとか、目標を定めてトレーニングしてると思いますし、彼以外でも、ドラフトで指名されるような選手になろうとか、次のステップを見て努力している選手がいると思います。劇的な変化はないかもしれませんが、確実にNBAに近づいている。すべてが「Road to NBA」ですよね。
中原 NBAという頂点を目指し、努力する。まさしく、その図式になってますね。
学生にとってチャレンジの場に
内野 僕は、学生の試合も良く見るんですが、専修の試合は去年、インカレベスト8の試合を見ました。関東の大学には、高校でトップレベルの選手が集まりますが、彼らにとって、NBAはチャレンジしたい場所なんでしょうか。それとも見て楽しむ場所なんでしょうか。
中原 確実にチャレンジする場になっていると思います。ただ、いきなりNBAに行ける訳じゃないし、だいたいワークアウトにさえ入れてもらえないじゃないですか。だから、僕らはその道筋を作ってあげたいと思って、活動を始めているんです。この夏も学生を何人かワークアウトに参加させるため、アメリカに連れて行くんです。
内野 それは貴重な経験になりますね。
中原 NBAを目指す者が集う練習に参加させ、まずは自分のレベルを体感させたいんですよね。やってみて、全然話にならないとか、ここをこうすれば何とかなるとか。技術うんぬんでなく、他の国の同年代の選手がどんな気持ちで、どんな面構えでプロを目指しているのかは、そこで一緒に練習しないとわからない。だいたい、日本でぬくぬくと育ってきた若者には、このシュートを外したら飯が食えないといったガツガツした気持ちはないじゃないですか。そういったものは、僕らが日本では教えられないものなんです。だから、現地へ行って刺激を与える。そこからどう考えるかは、彼ら次第ですけどね。
内野 なるほど。
中原 上(NBA)は見ておきつつ、段階を踏んで成長させるというのが現実的です。世界に通用する人間になってもらうためには、人間的な部分も指導しないといけないですし。ともかく、世界を目指し、その可能性のある選手がいるならば、それを見せてやるというのが僕の考え。その分、密かに勉強もしてます。そうは見えないと思いますけど(笑い)。選手の何倍も勉強しなければ、彼らに何も言えないのでね。
内野 学生にとってもNBAがチャレンジする場になったということで、僕らもいろいろと考えるところがありますね。
日本のプロ化、NBAも歓迎
中原 やっぱり田臥君のおかげで、学生はNBAをなお一層、身近に感じ、大きな目標としています。そういった人間が出た以上、それを超えようと思わないと、夢がないじゃないですか。また、松井啓十郎君(コロンビア大)や伊藤大司君(モントロス・クリスチャン高)ら米国で頑張っている選手がいるのも刺激になりますね。近い将来、また違った形で日本人選手が誕生するんじゃないかと僕らも楽しみです。
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| 初対面の中原氏とバスケットの話で意気投合する内野氏 |
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内野 おそらく、今後も海外を目指す若者は増えていくと思いますね。日本でもプロリーグができるなど、新しい動きが出ていますが、アメリカに行くのか、日本で世界を意識しながら育っていくのか、選手の選択肢が増えたことはいいことです。
中原 学生も、大学で終わりじゃなく、先を見てプレーできますからね。モチベーションも変わります。
内野 新しいリーグの誕生で、単純にバスケットボールを目にすることが増えると思うんです。bjはホームアンドアウエー方式を取るため、地元に根付き「そこにバスケットボールが存在する」という事実を作れる。必然的に、子供たちがボールに触ったり、プレーヤーと触れ合ったりする機会ができる。それが当たり前のように生活の一部になったとき、バスケットボール市場も大きくなる。いわゆる「活性化」ですね。
中原 僕も、ホームアンドアウエーは大賛成です。
内野 日本の中のそういった動きはNBAも知っていて、活性化すれば、バスケットの認知度が上がると、前向きにとらえていますね。bjのエンターテインメント、JBLの言う競技力、ナショナルチームの強化とそれぞれ特色を打ち出すことで、バスケット人気が上がる。僕なんかはこういった動きを歓迎します。
中原 国内が充実してないと、どうしようもないですからね。
内野 「バスケットボールって面白いんだぜ」というのを伝えないと、「NBAって本当に面白いの?」ってなりかねない。僕は、日本のバスケも大好きで昔から良く見ているし、スーパーリーグのファイナルはどんなに忙しくても1試合は会場に見に行きます。日本のバスケはすごく内容が濃いですし、コーチが考えていることや戦術なんか、すごく深いところで戦っていると感じます。これらをクローズアップさせれば、見るスポーツとして定着するんじゃないか、とも思っています。
中原 いや、クローズアップされるには「プロ」じゃないと。アマチュアじゃ、メディアの食いつきが悪いですから。あるテレビ局の人が「プロになったら、取り上げざるを得ない」と言っていたのが印象的でした。NBAだって、最初はメディアに映してもらうことから始めたわけでしょ。
内野 うーん、メディアに「取り上げざるを得ない」と言わせるカギが「プロ化」ならば、プロ化するしかないですね。新聞記事でも当然、良く書かれるときもあれば、悪く書かれるときもありますが、取り上げてもらって不特定多数の人に読んでもらうことは、NBA本体としても重要だと考えています。だから、本体のメディアに対するサービスは徹底しています。また、これは許可できる、できないと明確にしているのも、見習うべきところですね。
中原 アメリカのやり方で、参考になる点は多いですね。【第1回終了】
◆内野竜太(うちの・りゅうた)
1975年8月29日生まれ。神奈川県出身。独協大出。11歳からバスケットを始め、大学時から出身高校のコーチに。在学中からアルバイトでNBAジャパンに入り、就職後もPR(広報)担当として今に至る。個人的にはアイザイア・トーマスのようなコートを支配するPGのファン。特技は料理、趣味はぶらり一人旅。独身。
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◆チュー中原(本名・中原雄=なかはら・たけし)
1966年11月10日生まれ。福岡県出身。専大ヘッドコーチ。89年に専大からいすゞ自動車入り。主将として4連覇を達成した後、99年に退社後、母校専大アシスタントコーチに就任、04年4月からヘッドコーチを務める。大学史上初の全日本大学選手権、関東リーグ戦を制すなど指導力に定評があり、テレビ解説でも活躍中。愛称は「チュー」。
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