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チュー中原のバスケを語ろう
今回のプレゼント
2005/7/25
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日本初!バスケットボールの専門学校設立

「大阪ディノニクス」コーディネーター・竹原勝也氏:第1回

 バスケットボールを通じた人間教育は絶対にできる――。日本初のバスケットボール専門のNPO(特定非営利活動)法人「大阪ディノニクス」を立ち上げ、現在はコーディネーターを務める竹原勝也氏(38)が来年4月、日本初のバスケットボールの専門学校を開校させます。その理念は「世界に通用する人間づくり」。開校に向けた熱い思いを同い年の中原雄氏(38)に語りました。【構成:飯田みさ代】

 中原 タケと出会ったのは、去年の7月30日。鳥取で行われたインザペイント主催のクリニック前日だったな。人づてに聞いて、お互いの存在は知っとったけど、実際会ってからは1年もたってないねん。

竹原氏
来年4月に開校する日本初のバスケットボールの専門学校について熱く語る竹原氏

 竹原 丙午(ひのえうま)生まれの同級生ってことで、すぐに意気投合したな。

 中原 そういえば、カレッジ(専門学校)の話はどないなってるん?

 竹原 bjリーグの大阪エヴェッサの母体企業、ヒューマンアカデミーと業務委託契約を結んで来年4月、大阪市内にバスケットボールの専門学校「バスケットボール・アカデミー」をオープンすることになった。今後は東京や名古屋にも開校する予定。エヴェッサとの教育提携でプロ選手の育成、コーチ、審判の養成のほか、チームマネジメント、イベント企画などのスポーツビジネスといった専攻に分かれている。

 中原 選手だけでなく、バスケットに携わる人たち全般を育てる学校ってわけやな。

 竹原 バスケットを通じて「こいつ、ほんとごっついな」という人間をつくることを考えたとき、海外の生活経験があって英語ペラペラで、運動を一生懸命頑張れるやつがいいな、と思ったのがきっかけ。

 中原 語学力は武器になるからな。

 竹原 だから、1年間に数カ月はアメリカに行って、実戦を積みながら英語を勉強してもらおうと思っている。バスケットボールの本場で本物を見て目を養うと同時に、異国での生活力、コミュニケーション能力を培って欲しいと思っているんだ。

 中原 アメリカではバスケットが文化になってるからね。

 竹原 このカレッジは「プロ育成教育機関」とうたっているけれど、自分の中では割と冷静な部分もある。

 中原 まあ、全員が全員プロになれるわけはないからな。

 竹原 もちろん、能力と可能性のある選手に対しては、全力でプロになるためのサポートをする。ただ、そうじゃない選手には「ノー」と言ってあげることも大切だと思っている。開校するにあたって、自分が最も大切にしている狙いは「バスケットボールというソフトを通しての社会に通じる人間づくり」。バスケットボールという競技が教えてくれるもの、例えば、チームコミュニケーションだったり、極限における判断力だったり、真のリーダーシップだったり…いろんなものがある。2年間のカレッジは、それを具現化する場所であって欲しいと思っている。

 中原 バスケットボールを通じての人間づくりか。エライことを考えたな。

 竹原 そのため、今、いろいろな人からアドバイスを受け、自分の中でこうあるべきじゃないか、と思ったものをまとめているところ。それらをすべて任されているので、忙しいけど、充実している。

 中原 高校卒業後もバスケットを続けたいと思っていても、環境がなく、道を閉ざされてしまう子がいる。彼らにとって、新たな道が開けるわけだ。

 竹原 僕が好きなのは「日本で初めて」「ほかにはない」って言葉。昨年4月、ディノを日本初のバスケット専門のNPO法人に登録し、バスケット環境を整える1歩を踏み出した自負もある。

子供たちの感性を伸ばし、育てる

 中原 タケが最初にディノの話をしてくれたとき、「バスケットをやりたくても、やる場所がない子を集めて、やらせてあげたい」と言っていた。あれには、心動かされたな。僕も大学では、全国大会に出てなくても、日の目に当たっていなくても、能力のある子を集めてけんかを売りたいって気持ちがあるから、心意気は十分に理解できた。

中原氏
アメリカで子供たちの生き生きした表情に感銘したという中原氏

 竹原 それで、チューヤはディノのユースチーム「DEINO−EGGS(ディノエッグス)」の名付け親になってくれた。「卵でええやんって」。

 中原 あれは抜群のネーミングやと思ってる。

 竹原 NPO法人になって初年度の昨年、ディノは小学生80人、中高生のユースチーム40人の計120人でやってきた。今年3月には1年間の収益のすべてをつぎ込んで、小中学生のうち希望者を、アメリカへ連れて行った。

 中原 僕も現地で会ったけど、子供たちがいい表情をしていた。

 竹原 3泊5日の日程でNBA2試合を観戦。そのうち1日は、昨季まで田臥勇太君が所属していたロングビーチ・ジャムのコーリー・ゲインズ監督に4時間のクリニックをやってもらうなど、充実の内容を組んだ。

 中原 普通じゃ、そんな内容はできない。ありえない。

 竹原 去年の7月、ジャムのオーナー、テツさんに会いに行ってこの構想を話したら、非常に興味を持ってくれて、いい形で協力してもらえることになった。手始めとして、昨年10月に大学生5人がトライアウトを受けに行き、この夏も大学生を5人連れて行くんだけど、これらはテツさんの力がなければ、できないからな。

 中原 テツさんはディノの理念に賛同し、ディノだからやってくれるわけだからね。「NBAに行く日本人を、田臥くんだけで終わらせたくない」と日本人のアメリカ挑戦を歓迎しているしね。

 竹原 また、僕らが感動したものを全部、子供たちに見せたかったから、値段は同じ日程の大手代理店の素の旅行より安く設定し、1人12万円まで抑えた。まあ、その金額が高いか安いかは分かれるところだけど、外国人のコーチが英語で教えてくれたこと、NBAのアリーナで試合を見たということを、子供たちは一生忘れないと思う。だから、子供たちを送り出してくれ、僕らに預けてくれた親御さんには、すっごく感謝している。

 中原 ホンマ、親がすごい。親が理解あるねん。

 竹原 (レーカーズの本拠地の)ステープルズセンターの3階席に入った瞬間、子供たちは何と言ったと思う? 「ウワー、色が違う」だよ。ビデオで見るのと色が違うって。

 中原 「色が違う」って言葉は実際、そこに行かんと吐けない。子供は感性が違うねん。大人はそういう感性は薄れてしまっているからな。会場が明るく感じたのかな?

 竹原 コートがチームカラーの黄色とパープルに彩られていたのを、そう表現したんだと思う。その試合はレーカーズと76ersの対戦だったんだけど、彼らにとって印象に残ったのは、コービーやアイバーソンやじゃなくて「色が違う」ってこと。でも、僕の中では、その言葉がすべてだった。

 中原 子供っちゅうのは、大人が思ってるほど子供じゃない。いろんなことを考えて感じてる。

 竹原 会場では、大画面に映ろうとして、レーカーズのジャージーを買って着たり、アフロみたいなカツラをかぶったり。

 中原 現地の子供たちと一緒になってたんやな。

 竹原 試合前から盛り上がってたから、始まったら、みんなグターってなってしまて。

 中原 子供らしいやないか(笑い)。

 竹原 第3Qは居眠りする子もいたけど、第4Qにまた盛り上がってたら、ビジョンに映ったんだよ。5秒ぐらい。でも、パッと自分たちが映ってるのみたら、みんなピタッと固まるんだよな。完全にフリーズ。あれは不思議。大爆笑や。

 中原 そんな経験したことないからね。感受性の強い時期に、そんな貴重な体験ができて、子供たちも幸せやな。

バスケットってこんなに面白い

中原氏と竹原氏
真剣に語り合う竹原氏(右)と中原氏

 竹原 僕らがディノで教えたいのは「バスケットボールってこんなに面白いんだよ」ってこと。普段の練習から、そういったことを意識してきたけれど、アメリカで子供たちの反応を見て、自分たちの活動の手ごたえをつかめたね。今後も語学研修を兼ねたアメリカキャンプはぜひ、取り入れていきたい。

 中原 それにしても、小学生でうまい子がおったなあ。いい感性してたわ。

 竹原 ディノは、真の意味でのバリアフリーを目指しているんだ。子供だから低いリングを使えとか、学年や年齢がどうだとか、そういった垣根は取っ払っている。だから、上手な子は大人と一緒にガンガン練習させている。

 中原 そうじゃないと、ああいった感性は育たない。型にはめず、押し付けず、長所を伸ばすってことだよな。

 竹原 僕は高校時代、「バスケットはつらい」ということしか教えてもらわなかった。つらいなあ、いやだなあって。変な上下関係だとか、競技に関係ないしごきみたいなものが多いと、バスケットを嫌いになってしまう。僕らのチームは割と強かったのに、卒業後、だれもバスケットを続けない。かく言う自分も、大学では中途半端だった。みんなバスケットを好きだったはずなのに、何でやめちゃうのか――。あらためて考えたとき「バスケットは楽しいもの」ってことを、だれも教えてくれなかったことに気付いた。だから僕は、それを教えてあげる場所を作りたいと思った。

 中原 何事も面白いと思わんと、続けていけない。

 竹原 そう、それに人間の可能性なんて分からない。高校でダメでも、大学でいい選手になるかもしれないし、大学でダメでもその先は分からない。

 中原 あるある、しょうもないなあって思ってた選手が、爆発するときもあるし、これはすごいと思っていたやつが、全くあかんかったということもあるし。

 竹原 好きでいて、続けていけていけば、きっと何かが見つかる。そして、それがだれにも負けない宝物になるんだって、強く思うようになった。【第1回終了】

今回のプレゼント


◆竹原勝也(たけはら・かつや)
 1966年(昭和41年)10月24日、静岡県生まれ。両親とも東京教育大(現筑波大)バスケットボール部出身の高校体育教諭というバスケットボール一家で育つ。静岡高−上智大を経て三井生命入社。マネジャーとしてバスケットボール部を支える。99年の廃部に伴い、1度はバスケットボールから足を洗うが、03年退社し、NPO法人大阪ディノニクスを立ち上げた。現在は明大のアシスタントコーチ、日本バスケットボール協会のエンデバー運営委員、日本公認審判委員、ヒューマンアカデミー・バスケットボールカレッジ学術アドバイザーも務めている。家族は妻と2女。血液型はB。

チュー中原(本名・中原雄=なかはら・たけし)
 1966年11月10日生まれ。福岡県出身。専大ヘッドコーチ。89年に専大からいすゞ自動車入り。主将として4連覇を達成した後、99年に退社後、母校専大アシスタントコーチに就任、04年4月からヘッドコーチを務める。大学史上初の全日本大学選手権、関東リーグ戦を制すなど指導力に定評があり、テレビ解説でも活躍中。愛称は「チュー」。
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