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チュー中原のバスケを語ろう
今回のプレゼント
2005/8/1
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バスケットが好きで困ってるやつを助けんか

「大阪ディノニクス」コーディネーター・竹原勝也氏:第2回

 三井生命バスケットボール部のマネジャーだった竹原勝也氏(38)は、廃部、脱サラを経てなお、「バスケットボールで生きる道」を選択しました。決断を後押ししたのは、ある人の言葉…。中原雄氏(38)が「フープクレージー」と呼ぶ大阪ディノニクスを引っ張る熱血漢の情熱はとどまるところを知りません。【構成:飯田みさ代】

 竹原 僕が入社した時代はバブルだったからね。三井生命のマネジャーとして初めて雇ってもらったのも、そのおかげ。大学時代、バスケットとは中途半端なかかわり方だったけど、やっぱり、日本のトップリーグを見てみたいという気持ちが強かった。

 中原 河内(敏光)さん(現bjリーグコミッショナー)が監督の時代だね。

竹原氏
脱サラし、ディノとの出会いを振り返る竹原氏

 竹原 でも廃部となり、何年かして大阪へ転勤を命じられた。自分では仕事も相当、頑張っていたつもりで、営業でもトップクラスだったんだけど、単身赴任で仕事だけの生活を送っているうち、もう1度、人生を見詰め直したくなった。

 中原 単身赴任は厳しいよな。

 竹原 そんな中、偶然再会した知人の紹介で、立ち上がって間もないディノを紹介された。そこで、主幹の塚さん(塚本清彦=バスケットボール解説者、明大監督)から、こう言われたんだ。「バスケットが好きで困ってるやつが、絶対に日本全国におるで。それを俺たちで助けへんか」。震えたね。自分が探してたものは、これだって思った。バスケットが好きで困ってる人たちが、僕らと出会って、救われたと思ってくれたら…。そしてすぐ、かみさんに「40歳まで自由にさせてくれ。そこでダメだったら、何でもする」って頭を下げてしまった。

 中原 40歳までに何かを見つけ、成し遂げようってことだね。

 竹原 それで、希望退職制度に手を上げて03年10月に会社を辞めて、退職金の半分をディノにつぎ込んでしまった。今でも時々、「何で、会社を辞めたのかな」って考える。入社から12年半。当時、年収1000万円以上はもらってたからね。今はようやく、その6割程度は稼げるようになったけど、失業保険の切れた昨年8月から数カ月、家に一銭も入れない日が続いた。

 中原 嫁はんがすごいとしか、言いようがないね。

 竹原 ホンマ、家族には感謝してる。でも、ちょうど会社を辞めるころ、中学校のバスケットボール部の顧問が激減して、バスケットボール部が異常に消滅しているという状況があったんだ。学校部活動だと、登録料の話とか、いろいろあるらしいんだけど。

 中原 クラブチーム化するしかない状況になってきてるわけだ。

 竹原 もう学校体育、企業部活動という枠では支えきれへんから、何の縄張りもない社会体育でなければいけないと。僕は大阪を知らないから、イケイケドンドンって感じで、あらゆるところに自分たちがやろうとしていることの主旨を説明しに行って、頭を下げていくうちに支援者に出会うことができた。

 中原 どこへ行ってもつぶしあい、足の引っ張り合いがある世界やからな。

フープクレージーの集まり

 竹原 今は「ビジネス」というよりも、純粋に「バスケットが好き」ということで動いている。「スクール事業」を展開はしているけど、小中高生を指導して収益を求めようとは思っていない。ちなみに、Jリーグのユースでは、1カ月4〜6万円の授業料を取るところもあるそうだ。高いと思うだろ? でもサッカーは、Jリーグがあるから取れるわけ。

 中原 プロがあるからか。

中原氏と竹原氏
ディノは「フープクレージー」の集まりだと称する中原氏

 竹原 プロのないバスケットにおいて、ディノは日本で1番高い授業料を取っているスクール。それでも2時間2000円。

 中原 それで日本一高いのか。

 竹原 月4回で8000円。金銭的には負担だよな。

 中原 安いだろ! 塾の月謝で8000円や1万円、普通に出してる家庭は多いやろ。

 竹原 いや、バスケットじゃ、金を取れへん。1回1000円以下が相場なんだけど、うちはその倍を取ってる。でも、それ以上の濃い指導をしているという自負はある。うちのユースの場合、練習は午後6時半から8時半までの2時間だけど、体育館は5時半から9時まで使用できる。正規の練習の前後に、コーチや、練習に来たプロ選手に個別指導をしてもらえるのが、特長だと思っている。

 中原 いやー、練習を見に行ってみたいねえ。

 竹原 僕らのコンテンツは、ここで金をもうけることを目的としてるんじゃない。企業に賛同してもらったり、サポートしてもらったりしながら、僕らが困らない程度にできればいい。

 中原 ディノって、本当にバスケットボール大好きな人が集まってるよな。

 竹原 そう、ユースの練習のときも、子供たちと同じ数ぐらい親御さんが見に来ているからね。

 中原 アメリカで言う「フープクレージー」って感じだね。

 竹原 本当にそういう団体になっている。それで、僕も会社辞めてしまったから(笑い)。

 中原 大阪発の波は、少しずつ全国に広がり始めているようだね。

 竹原 富山グラウジーズや山形のべスラベナとか、ほかの地域にもNPO法人が出来始めているし、クラブチームも増えている。そういったところと連携して、動きを全国に広めていきたいと思っている。

 中原 気の遠くなるような話に聞こえるけど、日本のバスケットボール界を変えるには、これが1番早い方法かもしれないな。だって、何十年も前から改革を口にしながら、いまだに何も変わっていないんだから。

 竹原 新しい試みとして、6月から知的障害者のバスケット教室も始めた。9月まで月1回ペースで養護学校の人たちを集め、バスケットボールというソフトを通して何かを得て欲しいと思っている。そう、彼らには「社会に出ること」を教えてあげたい。本当の融合って、健常者と障害者が一緒にいることじゃない? だから将来的には、参加者の中から1人でもいいからユースチームに入って欲しいと、要望している。「下手でいいんです。参加してくれたら、きっちり教えます」って。障害者の方が、健常者の中に入って、みんなで一緒にやることが大切だと思うから。

 中原 そうやな。

 竹原 この試みが良かったら、10月以降も定期的にやっていきたいと思っている。

bjから脱退の理由

 中原 ところで、bjリーグにはもう興味がないのか?

 竹原 立ち上げに向けた会議にはずっと加わっていたし、昨年11月のbjリーグ発足記者会見のときは、6チームの中に名前を連ねていた。

中原氏
「僕は娘が大好き」と言う竹原氏は、子供の話になると目尻が下がる

 中原 離脱の最大の理由は何や?

 竹原 bjは「プロ」で営利目的でしょ。非営利団体のディノとしての考え方とずれが出てくるのは当然の流れ。僕ら自身のマンパワーも足りなかったしね。結局、「今、ディノとして、やるべきことは何なんだ」と考えた末、下りる決断をした。

 中原 同じ大阪にできたエヴェッサとの関係はどうなん?

 竹原 ディノがエヴェッサにチーム名が変わったのかと勘違いしている人も多いけど、全く別団体。エヴェッサは、プロとして新しく立ち上げた組織で、ある意味、プロフェッショナルな人が多いよね。カレッジの件をはじめ業務委託契約を結んだことで、僕らが考えたことをシステム化、事業化してもらうことになったんだけど、非常にいい付き合いができていると思う。うちから何人かプロ契約も結んでもらったし、ありがたくも思っている。一緒に関西のバスケットを盛り上げていく、ベストパートナーと考えている。

 中原 とはいえ、プロチームへの野望は捨ててないでしょ。

 竹原 それはもちろん。日本じゃなく、米国のマイナーリーグを買うことだって頭にないわけじゃない。夢はでっかくだ。

 中原 アメリカでチーム買って、日本人集めてアメリカ人とやらせれば、選手教育の一環になるしな。

 竹原 会社辞めてすごく苦労した。収入もないし、家族にも迷惑かけた。通帳の残高はマイナスばっかり。

 中原 僕はその時期を乗り越えたからね(笑い)。

 竹原 チューヤと出会って、いろいろ勉強させてもらった。「苦労もある。でも、そういうことも楽しみや」って言ってただろ。勇気付けられた。

 中原 いやあ、まあね。

 竹原 塚さんと出会って2年。ホンマにごっつー怒られたり、泣かされたりしているけど、彼が言ってることを頑張って、形にしていけば、バスケットの世界が良くなるかなって思って、ここまで来た。

 中原 アニキ(塚本氏)は元NKKのスター選手でありながら、雑草魂を持っている。「何とかしたい、しなきゃ」っていつも。

 竹原 塚さんの紹介もあって、今年2月から明大のコーチになり、柏の自宅にも帰れるようになった。日本協会が提唱する底辺からの一貫指導、エンデバー制度の全国会議にも参加し、システム作りの根幹にかかわるなどバスケットの仕事も増えている。最近、かみさんから「娘の自慢は、パパがバスケットのコーチをしていることなの」って聞かされて、いやあ、何ともいえない気分になったわ。

 中原 え〜の〜、たまらんの〜〜。【第2回終了】

今回のプレゼント


◆竹原勝也(たけはら・かつや)
 1966年(昭和41年)10月24日、静岡県生まれ。両親とも東京教育大(現筑波大)バスケットボール部出身の高校体育教諭というバスケットボール一家で育つ。静岡高−上智大を経て三井生命入社。マネジャーとしてバスケットボール部を支える。99年の廃部に伴い、1度はバスケットボールから足を洗うが、03年退社し、NPO法人大阪ディノニクスを立ち上げた。現在は明大のアシスタントコーチ、日本バスケットボール協会のエンデバー運営委員、日本公認審判委員、ヒューマンアカデミー・バスケットボールカレッジ学術アドバイザーも務めている。家族は妻と2女。血液型はB。

チュー中原(本名・中原雄=なかはら・たけし)
 1966年11月10日生まれ。福岡県出身。専大ヘッドコーチ。89年に専大からいすゞ自動車入り。主将として4連覇を達成した後、99年に退社後、母校専大アシスタントコーチに就任、04年4月からヘッドコーチを務める。大学史上初の全日本大学選手権、関東リーグ戦を制すなど指導力に定評があり、テレビ解説でも活躍中。愛称は「チュー」。
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