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チュー中原のバスケを語ろう
今回のプレゼント
2005/10/03
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マジックvsバードで、NCAAにはまった

ヤング商事専務・笹谷孝男氏:第1回

 日本で初めてバスケットボール専門のアパレルメーカーをつくり、今年で創業30周年を迎えたヤング商事の笹谷孝男専務(52)は知る人ぞ知る、米大学バスケットボールのツウです。毎年、イチかバチかでNCAA(全米大学体育協会)の試合を見に行き、現地での盛り上がりを体感しています。体験談の1コマを中原雄氏(38)に語りました。【構成:飯田みさ代】

 中原 このたびは、横浜に出店おめでとうございます。

 笹谷 これで、ヤング商事の直営店「パワーハウス」が5店舗目。フランチャイズ5店舗と合わせ、10店舗になった。

 中原 主流ブランド「ベンチウォーマー」は、この夏の高校総体出場校のユニホームで、使用率NO.1だったみたいですね。いまやメーカーとしての地位を確立させているヤング商事ですが、創業時代の話を聞かせてもらえますか。

日本初のバスケットボール専門ショップ

笹谷氏
NCAA観戦について話す笹谷氏

 笹谷 高校卒業して、京産大でバスケットをしとってんけど、肌に合わなくてやめて、浪人して予備校に行っとったんや。たまたま、高校の先輩がスポーツショップをやっとって、そこで勉強させてもらっとってんけど、あるとき、新婚旅行に行くからと店番を頼まれたのが、運の尽き。そのうち、2人で「バスケットの専門店を作ろう」って話になって、ヤング商事の前身となる「ヤングスポーツ」を神戸で立ち上げた。今から32年前のことや。

 中原 店番から実業家なんて、すごい転身ですね。

 笹谷 最初は10畳ぐらいの狭い店やった。当時は専門店どころか、バスケットボールのウエアも作っているところはなかったから、オリジナルでソックスやウエアを作り始めた。オニツカタイガー時代のアシックスがウエアを作り始めるとき、アドバイスを求めに、うちに相談に来たぐらいやから。

 中原 ハイソックスを作ったのも、笹谷さんが初めてだったとか。

 笹谷 そのころ、バスケット用のハイソックスなんて、日本にほとんどなかったから、NBA選手が履いていたそれに目をつけた。そのうち、ソックスやらウエアやら口コミで広がっていって、製造、卸販売を始めたんや。それで社名を「ヤング商事」にして、今年で30周年になる。

 中原 今年は区切りの年ですね。

 笹谷 同じ時期、東京には「サカイ」というメーカーができた。あんどうたかおさんが「ベイビー」というキャラクターを書いて爆発的な人気となっとった。まあ、僕らは関西で、ボチボチやってたちゅう具合やったけど(笑)。

ファイナル4を4回観戦!

 中原 何やら、アメリカの大学の試合をたくさん見ていると聞いてます。

 笹谷 商売とは関係なく、僕はバスケットを見るのが好きなんや。商売ばっかりやっとうと、面白くなくなるやろ。だから毎年2回ぐらいアメリカへ行って、2〜3週間、めいいっぱいバスケットの試合を見てくるねん。NBAもそうやけど、NCAAが中心や。

 中原 これまで、何試合ぐらい見たんですか。

 笹谷 数え切れへんなあ。1回の渡米で、12日間で13試合っちゅうのが最多やね。300以上あるNCAAのディビジョン1のチームを全部回りたいとも思ってんけど、もうこの年なんで、その夢は若い社員に譲ります(笑)。

 中原 これまでで最も強烈に印象に残ってる試合は何ですか。

中原氏
笹谷氏の稀有な体験談に聞き入る中原氏

 笹谷 それは、1979年のNCAAトーナメントの決勝、マジック・ジョンソンのミシガン州立大とラリー・バードのインディアナ州立大との世紀の対決でしょう。あのときのファイナル4はすごかった。それから、学生バスケットに完全にはまった。

 中原 えええ! マジックとバードの試合を見たんですか。すっごい試合を見てますね。いまだに、あれほど色あせずに語り継がれてる試合もないですよ。

 笹谷 ファイナル4は、それを含めて計4回行ったんや。パトリック・ユーイングのジョージタウン大(84年)、スティーブ・アルフォードのインディアナ大(87年)、グレン・ライスのミシガン大(89年)。それ以降はチケットが取れなくて、行けてない。

 中原 ファイナル4は、本当にチケット入手が難しいらしいですね。NBA以上の盛り上がりだって聞きますからね。

 笹谷 あれだけ観戦してるけど、写真も1枚も撮ってないし、ピンバッチや記念品も買ってないから、ホンマに行ったかどうか、証明するものがないけどな。

 中原 それもまた、笹谷さんらしいですね。目的は「試合観戦」なわけですからね。

命かけても見なきゃあかん

 笹谷 当時は、今のようにインターネットもないし、現地の情報も乏しい。チケットの入手方法がなくて、常に行き当たりばったりや。現地で新聞見て、開催日が分かると、イチかバチか会場へ行き、ほとんどダフ屋で買っとった。危ない目にも何度も遭った。

 中原 例えば?

 笹谷 ジェイソン・キッドのカリフォルニア大の試合を見に行ったときは、暗がりの街角で焚き火している黒人のところへ交渉に行ったし、深夜にニューヨークに到着してマンハッタンのど真ん中でバスを降ろされたときは、友人とスーツケース持ったまま、10人ぐらいの黒人に囲まれて、タクシーの運転手に助けてもらったり…。

 中原 命がけじゃないですか。

 笹谷 まあ、命かけても、ここまで来たんやから見なきゃあかんって。

 中原 そんな危険を冒してまで行く人は、そうはいないですよ。ちなみに、ダフ屋でチケット購入すると、相場はどれくらいですか?

 笹谷 NBAで、当時30ドルぐらいの2階席が100ドルぐらいになっとったんちゃうかな。

 中原 3倍強か。やっぱり高いですよね。

 笹谷 日本人やから、足元を見られるんや。最近は、インターネットのダフ屋組織ってのもあるで。去年、アトランタ周辺のACCカンファレンスを車で回ってデューク大対ノースカロライナ州立大、コネティカット大対ノースカロライナ大の強豪校対決を見てきてんけど、渡米前にネットを見とったら、1試合60ドルのチケットが360ドルで売っとったわけ。ランキング上位校同士の試合を見られるんやから、4万円ぐらいならええかなって思って、予約してんけど、普通の受け取り方と要領が違う。結局、チケットを受け取らへんまま現地へ行き、当日、現地でダフ屋から購入した男からチケットを手渡された。

笹谷氏
東京・上野にある直営店「パワーハウス」で

 中原 「ダブルダフ屋」ですか。学生の試合で、そんな組織があるなんて、盛り上がり方が半端ない。全くもって、日本とは違いますね。でも笹谷さん、最初に値段見たときに、高いから行かないって思わないんですか? 収入の少ない若いときからダフ屋で買うなんて、生活がきついじゃないですか。来年は行かれへんよな、って思うことはなかったんですか。

 笹谷 僕は22歳で結婚したんでね。嫁さんは泣いとったで。でも、病気みたいなもんやなあ。シーズンに入って、米国の雑誌を見とったら、何だかそわそわしてきて。

 中原 旅費も自前ですか?

 笹谷 途中から、会社が飛行機代だけ出してくれるようになってんけど、現地での移動やホテルは行き当たりばったりやからね。そういえば、マジックの試合は、日本協会でチケット取ってもらったんやで。

 中原 へー、協会にツテがあったんですか?

 笹谷 いや、そのときは知ってる人が1人いただけで、ほとんど飛び込み状態。菓子折り持って「将来の日本代表のコーチたちの研修のために、ファイナル4の席を10席取ってくれ」と頭下げて、NCAAの責任者につないでもらった。まあ、当時やからできたことやろ。

 中原 ホンマ、情熱がすごい。

 笹谷 ジョージタウン大のときは、ナイキにお願いしたんじゃなかったかな。まだナイキジャパンはなかったから、ポートランドの本社までチケットを取りに行って、工場見学もさせてもらった。とにかく、ありとあらゆるルートを使ったで。

 中原 聞けば聞くほど…。どっからそのエネルギーが沸いてくるんですか?

関西弁1本でアメリカ回る

 笹谷 とはいえ、ええ加減なもんで、観客席で丸々1試合寝ちゃったとか、会場を間違えたとか、時間を勘違いしていたとか、相当ヘマもしましたけどね。

 中原 そういうこともあるんですね。

 
笹谷氏と中原氏
バスケットについて熱く語り合う2人

 笹谷 いろんな面白いことありましたね。実は僕、英語しゃべられへんのですよ。

 中原 は? え?

 笹谷 関西弁しかしゃべられへんのですよ。関西弁でアメリカ回っとんでね。

 中原 関西弁1本で?

 笹谷 関西弁だけで笑わせますよ、アメリカ人。

 中原 ウアハハハハ。全部、まいど、まいどですか。

 笹谷 一応、英語の名刺は持ってるからね。

 中原 まあ、現地でのハプニングを楽しめるのは、関西人の気質やから。

 笹谷 行ったら何とかなるやろと思っとうからね。だから、あんまりおすすめできまへんね。今の若い子がそんなのにあこがれて行ったら、あきませんで。危ない。

 中原 日本とは、システムや常識が違ってますからね。

 笹谷 僕がアメリカで大学の試合を見て、いつも感心することがある。チケットのもぎりや駐車場の係、売店の売り子とか、1試合だけで1000人ぐらいの雇用が発生しとうわけですよ。同じ日に、ディビジョン1から下部のディビジョンまでたくさんの試合が行われとうから、合計すると、1日で相当数の雇用が発生しとう計算なんや。

 中原 壮大なスケールですね。

 笹谷 それは、バスケットが地域に密着し、社会に貢献しとうってことでしょ。そういう点で、アメリカって国をうらやましく思う。日本でも、11月にbjリーグが開幕する。彼らには、そういう風に物事の捉えて欲しいと思っとうねん。「プロやから」って上から物を見るんじゃなくてね。例えば、ボランティアから始まって、みんなで何とか盛り上げようって思えるようなチーム、リーグ作りをしていって欲しい。地域に密着して、多くの雇用も発生したら、最高やろ。

今回のプレゼント


 ◆笹谷孝男(ささたに・たかお)
 1953年(昭28年)8月9日、神戸市生まれ。生田中、葺合高を経て京産大中退。高校2年で高校総体出場。20歳で日本初のバスケットボール専門ショップ「ヤングスポーツ」を創業し、卸業の「ヤング商事」となって30年目。阪神の熱狂的なファンで、携帯電話にもトラッキーとラッキーグッズが。家族は陽子夫人。181センチ、80キロ。B型。

チュー中原(本名・中原雄=なかはら・たけし)
 1966年11月10日生まれ。福岡県出身。専大ヘッドコーチ。89年に専大からいすゞ自動車入り。主将として4連覇を達成した後、99年に退社後、母校専大アシスタントコーチに就任、04年4月からヘッドコーチを務める。大学史上初の全日本大学選手権、関東リーグ戦を制すなど指導力に定評があり、テレビ解説でも活躍中。愛称は「チュー」。
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