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チュー中原のバスケを語ろう
今回のプレゼント
2005/10/10
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バスケット発祥の地、神戸に殿堂を

ヤング商事専務・笹谷孝男氏:第2回

 ヤング商事の笹谷孝男専務(52)の夢は、出身地の神戸にバスケットボールの殿堂(ホール・オブ・フェーム)をつくることです。神戸は、日本のバスケットボールの発祥の地。11年前、笹谷専務は米国の殿堂へ掛け合い、権利取得の一歩手前まで行きながら、阪神大震災で計画が頓挫してしまいました。「聖地」神戸をめぐる思いを、中原雄氏(38)に伝えました。【構成:飯田みさ代】

 中原 それだけ毎年、アメリカに行ってゲームを見てくると、日米のバスケットボール熱の違いを痛感しますよね。

笹谷氏
「神戸にバスケットボールの殿堂を」と熱く語る笹谷氏

 笹谷 それでね。もう、11年前になるんだけど、友だちと飲んでいて「バスケットで1番偉いのはだれや」って話になった。マイケル・ジョーダンじゃないし、NBAのコミッショナーでもない。討論した末、「殿堂」やって、ことになった。NBAの選手もコーチも、だれもが名誉だと思ってるし、入りたいと思ってるんやから。それじゃあ、殿堂と親しくなれば、世界を抑えんと同じことになる! って発想で、1人で行ってきたんや。

 中原 行ってきたって、殿堂へ? え〜!! また、すっごいことを。

 笹谷 もともと神戸は、日本におけるバスケットボールの発祥の地。神戸YMCAがサッカーやゴルフとともに、バスケットボールを日本に初めて伝えた地なんだそうだ。だから、ぜひとも神戸に「ホール・オブ・フェーム・ジャパン」をつくりたい。日本にバスケットボールの殿堂をつくるなら、神戸じゃなきゃ、あかんと思ってん。

 中原 思い立ったら止められませんね。

殿堂の権利をくれ

 笹谷 バスケットボール誕生の地はマサチューセッツ州スプリングフィールドで、そこに設立された財団が独自で殿堂を運営しとうねん。僕は現地へ行く前に半年間ぐらい準備して、こういう日本人が行くからと連絡はしとってんけど、詳しい内容については話してなかった。だから、向こうとすれば、いきなり来た日本人が「殿堂の権利をくれ」って言うもんだから、あ然としてたね。

 中原 そりゃ、驚きますよ。

 笹谷 そのときは、さすがに通訳を雇って交渉したんだけど、館長のジョー・オブライエンをはじめ、副館長やら偉いさんが集まって応対してくれた。神戸に日本の殿堂をつくりたいから、ロゴマークや名前を使える権利をくれと言ったら、ものすごく興味を持ってくれて、バスケットの話でえらく盛り上がった。その夜は、殿堂のスタッフ10人ぐらいに森の中のレストランに連れて行ってもらって、ご飯をごちそうになってん。

 中原 相当、盛り上がったんでしょうね。

 笹谷 そう、僕が「ファイナル4を4回見に行った」って言うたら、「俺は2回しか見に行ってない」「俺は1回しか行ってないのに、何で日本人のお前が4回も行くんや」って。日本人の中にも、バスケが好きな変わったやつがおるんやなって、思われたと思う。

 中原 アメリカ人よりも見てるわけですからね。

笹谷氏
殿堂に出向いたときのことを語る笹谷氏

 笹谷 その日、実際にかなり具体的な金額を提示され、日本での殿堂設立を応援するからと、契約がまとまりかけた。また、アメリカの殿堂の展示物を日本で紹介してもらえるならば、それもありがたいことだから、デパートの催し物会場などで殿堂の展示会をやるなら、それも協力するという話まで取り付けた。

 中原 “殿堂物産展”のような感じでですね。

 笹谷 空港までの郵送費はすべて向こう持ちで、展示物すべてに保険をかけて貸し出してくれるとも言っていて、こっちは、日本国内での輸送費や会場費などの面倒をみればいいということだった。「ヤング商事のミスター・ササタニへ」といった館長のメッセージを録画したビデオも、家にあるはずや。

阪神大震災で水の泡に…

 中原 そして、正式契約は?

 笹谷 いや、至ってないんや。これは94年11月のことで、年明けに正式契約しようということだったんだけど、地震や。95年1月17日、阪神大震災。「この世の終わり」と思った惨事で、殿堂のことは頭の中から吹っ飛んでしまった。

 中原 ……。

 笹谷 もう、商売終わったなって思ったからな。

 中原 実際、どんな感じだったんですか。

 笹谷 高速道路が途中から折れたところがあったでしょ。僕はあのすぐ近くのマンションの5階に住んでたから、震度7をまともに受けてん。嫁さんの首を抱えながら、ベットの上を1メートルぐらい行ったり来たりしてた。地震というより、ゴジラがマンションを揺すってるような感じやった。

 中原 聞くだけで恐ろしい。

笹谷氏
東京・上野にある直営店「パワーハウス」前で

 笹谷 でも、それ以上に怖かったのは静寂なんや。ガシャガシャ、ドシャドシャ、ガシャーン!!!…… って止まった瞬間、みんな何が起こったか分からへんし、今のは一体何やったんやって、頭の中がパニックになっとうから、1分間ぐらいシーンと静まり返る。あの瞬間が1番怖かった。

 中原 僕なんかは、テレビで見ていても、現実のこととは思えませんでしたから。

 笹谷 たまたま、うちの製造工場は関東が多いから、その部門は大丈夫やってんけど、前の本社周辺は100人ぐらい死んだんやないかな。あれで1、2年はへこたれた。

 中原 生きるか死ぬかですからね。ショックを受けない方がおかしいですよ。

 笹谷 その後、しばらくして「今、こんな状況だから申し訳ないが行けない」と殿堂に伝えてくれ、と通訳の人にお願いしたんだけど、今、その通訳と音信不通だから、ちゃんと伝わったかどうか分からない。ウエアの責任者だとか、なんたらマネジャーとか、いっぱい名刺をもらったけど、全部どっか行ってしまったし。

 中原 もう1回行って、正式契約したいとは?

 笹谷 うーん、僕がやるより、うちの社員に任せたい。でも、こんな話が載ったら、どっかが権利を取りに行くんちゃうかな。

 中原 その可能性もあります。じゃ、掲載止めましょう。

 笹谷 まあ、ええねん。それでホール・オブ・フェームができればええねん。こんな男がおったっていうだけで…。

 中原 いや、笹谷さんの手で神戸につくって欲しいですね。

 笹谷 実際できるとしても、その夢は10年、20年先になるやろ。その前にbjリーグなり、JABBAのプロ化なり、日本にプロチームが存在するようになれば、プロ野球の殿堂があるように、バスケットボールの殿堂も必要になってくる。毎年、功績を残した選手や関係者を選定し、また、これからの人たちの励みになればいいわけやから。

 中原 ホントそうですね。そういう環境になって欲しいですね。

「ジャンプマン」なら「レイアップマン」

 笹谷 でも、1月に地震があって、2月の頭にはアメリカへ行ったで。

笹谷氏
「勝利を呼ぶユニホーム」と呼ばれる? 法大ユニホーム

 中原 は? 何でですか?

 笹谷 毎年、「スポーツショー」というスポーツウエアの展示会があるんだけど、そのためにアトランタへ1週間、1人で行ってきた。

 中原 そこで、ウエアのデザインとか勉強してくるわけですね。

 笹谷 ショーでは名札をつけるんだけど、僕の名札に「KOBE・JAPAN」って書いてあってんやんか。すると、みんな「良く来たな」「大丈夫だったか」「がんばれよ」と何人にも声をかけられ、握手を求められた。ああいうところで、アメリカのすごさを感じるわ。

 中原 ウエアは、いつもアメリカからヒントを得て独自路線を歩んできたんですか?

 笹谷 まあ、パクリ合いかな。

 中原 パクリ合い!(笑い)。気に入ったデザインは写真に撮るんですか。それとも頭にインプット?

 笹谷 分かりにくい切り替えしやったら、絵に描いてメモとるぐらい。絵心はないし、デザインの勉強もしたことない。コンピューターだっていじったことなかったけど、何か続いとうね。

 中原 好きなんですよね。

 笹谷 半分趣味みたいなもんかな? 2年前に立ち上げたブランド「インザペイント」は完全にしゃれ。うちの主流のブランドは30年間「ベンチウォーマー」やったけど、ベンチばっかり温めてもしゃーないって、ちょっと質のいいブランドを作ってみたのが始まり。大部分は、国産でやっとうし、繊維もかなり凝っとうから、あんまり儲からない。趣味で作り続けて、品番はもう300を越えたね。

 中原 このロゴマークもしゃれ?

 
笹谷氏
しゃれで作った? ブランド「インザペイント」。中央のロゴはレイアップマン

 笹谷 そう、ナイキに「ジャンプマン」があるから、うちは「レイアップマン」やって作ったら、意外に市民権を得てしまった。去年から法大のユニホームがインザペイントになってんけど、この春、関東大学選手権で25年ぶりの優勝やろ。「勝利を呼ぶユニホーム」って言われとんねん(笑い)。

 中原 このアロハも、いただきものです。

 笹谷 これは非売品やからね。次はシルクやな。アロハはシルクやで。ところで、ベンチウォーマーの企画、デザインは全部僕がしとんのや。

 中原 全部、専務自ら?

 笹谷 最近でこそ、少しは若い子にやらせとうけどね。50過ぎの禿げたおっさんがやっとうってのは、イメージダウンやから、得意先には一切、言ってないねんけど。

 中原 今回、ばれますけど。

 笹谷 まあ、そうやったんかって思うぐらいでしょ。僕は、デザインしたものをCD−ROMに焼いて、得意先みんなに「自由に使ってください」って渡すねん。みんなで分かち合えればいい、というのが僕ら社員みんなの考えやから、うちのデザインを使って、他のメーカーに注文するところもあるんやないかな。

 中原 えー? だからですか? 僕がロス行ったとき、某大手メーカーのTシャツで胸に「インザペイント」って書いてるものがあった。

 笹谷 まあ、ええんちゃうって感じかな。

 中原 いろいろ自分で作ってきて、1番心に残ってるものは何ですか。

 笹谷 震災の後、ビッグ10の男女のオールスターが日本代表とチャリティーゲームをやってんけど、試合前に交換するペナントを僕らが作ったんよ。NCAAの試合を見にインディアナ大の体育館に入ったとき、僕のデザインしたペナントが体育館のショールームに飾ってあってん。あれは、感激したねえ。

 中原 それ、写真撮ってないんでしょ。

 笹谷 撮ったけど、ガラスのショーケースだから、フラッシュがはね返って何が何だか分からんようになっとった。だから、証拠がないねん。

 中原 全く、笹谷さんらしいや。【第2回終了】

今回のプレゼント


 ◆笹谷孝男(ささたに・たかお)
 1953年(昭28年)8月9日、神戸市生まれ。生田中、葺合高を経て京産大中退。高校2年で高校総体出場。20歳で日本初のバスケットボール専門ショップ「ヤングスポーツ」を創業し、卸業の「ヤング商事」となって30年目。阪神の熱狂的なファンで、携帯電話にもトラッキーとラッキーグッズが。家族は陽子夫人。181センチ、80キロ。B型。

チュー中原(本名・中原雄=なかはら・たけし)
 1966年11月10日生まれ。福岡県出身。専大ヘッドコーチ。89年に専大からいすゞ自動車入り。主将として4連覇を達成した後、99年に退社後、母校専大アシスタントコーチに就任、04年4月からヘッドコーチを務める。大学史上初の全日本大学選手権、関東リーグ戦を制すなど指導力に定評があり、テレビ解説でも活躍中。愛称は「チュー」。
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