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チュー中原のバスケを語ろう
今回のプレゼント
2005/11/14
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プロ化の流れの中、あえて実業団へ

スポーツキャスター・青島健太氏:第3回

 スポーツキャスター青島健太氏(48)が、新たに立ち上がる社会人野球チーム「セガサミー」の監督に就任しました。スポーツ界がプロ化に傾いている中で、その流れに反するかのような実業団チームの監督を引き受けたその理由は…。【構成:飯田みさ代】

 中原 そういえば健太さん。元広島の故津田恒実さんの最後のバッターなんですよね。何年か前にテレビで見て、ものすごく感動したんですよ。

青島氏
中原氏と楽しそうに対談する青島氏

 青島 実写版のやつだね。あの番組は良かったよな。津田とは、アマチュア時代からやってて、確かに広島が優勝を決めたゲームの最後のバッターにもなった。

 中原 いやー、すごかったですよ。

 青島 すごくねえよ。見逃し三振だよ。

 中原 いや、すごかったというのはそういう意味じゃなくて、野球のドラマはたくさんあるのに、何でバスケットボールはないんだってこと。そう、思いますやんか。チキショー!!

 青島 アハハ。そういう意味ね。じゃあ今度、キムタクにバスケットのドラマをやってもらうしかないな。アイスホッケーじゃなくて。ハハハ。まあ、冗談はさておき、バスケットのドラマだってありえるよ。特に学園ものなんかいいんじゃない? 「スラムダンク」を実写化するとか。

 中原 「スラムダンク」はいいですよね。

 青島 80年代のマジック・ジョンソン、90年代のマイケル・ジョーダン、それに「スラムダンク」がつながって、バスケットはいいブームの流れを作ってきたと思うんだよ。でも、その後が続かなかった。

 中原 そして、ここまで来てしまった。寂しい話です。ところで健太さん、今度、監督をやるみたいですね。

社会人野球セガサミーで挑戦

 青島 そう。社会人野球「セガサミー」の監督ね。来年からの活動開始を目標に準備をすすめているところで、目指すはもちろん、都市対抗出場。8月にそういった話をいただいてから、スカウティングで高校生や大学生の試合をたくさん見てるもんだから、ご覧の通り、真っ黒。これでも大分、冷めたほうなんだけどね。

中原氏
「バスケもドラマになって欲しい」と願う中原氏

 中原 いやーーー、黒いっすよ。めちゃくちゃ見てるんじゃないんですか?

 青島 まあね。新しく始まるチームだから、野球だけじゃなくて、きちんと卒業できる選手を集めないといけないし、出足も遅かったから、ほとんどの選手はすでに他チームに決まってしまっている。その中で、まだどこにも決まっていないすごい選手に出会うと、「うわー、良かったあ」って宝物を見つけたような気分になるね。

 中原 その気持ち、すっごい分かります。僕なんかも全国大会に出ていない、無名の高校から素材の良さそうな選手を見つけて、育てるのが楽しみですからね。チームの拠点はどこなんですか?

 青島 拠点は東京都。本社は汐留にあるんだけど、このご時世にグラウンドや寮、雨天練習場も作ってくれる。それだけで何十億円もかかると思うんだけど、ありがたいことだよ。僕は監督専門だけど、選手たちは社員として、チームに所属する形。

 中原 スケールがでかいですね。セガサミーって、パチンコ・パチスロの会社でしたっけ?

 青島 昨年10月、家庭用ゲームソフト・アミューズメント施設などを運営するセガ社とパチスロ・パチンコを手掛けるサミー社が経営統合し、セガサミーホールディングスという持ち株会社をつくった。選手はセガサミーホールディングスに入社する形で、そこからセガとサミーにそれぞれ出向する。なぜ今、社会人野球チームを作るのかというと、セガとサミーの社内的な一体感を出したいから。昔懐かしい福利厚生の一環でもあるんだよ。でも、将来的には、プロ野球チームを持つことも視野に入れているようで、とにかく考えることが大きいですよ。

クラブチームでの挫折がバネ

 中原 聞けば聞くほど、バスケットの実業団チームとのスケールの違いを感じますし、社内的一体感を出すには、やっぱり野球なんだってことを強く感じますね。ところで、健太さんはその前に、魚沼カンガルーズというオーストラリア人ばかり集めたクラブチームの監督もやられてたんじゃなかったでしたっけ? あれって解散したんですか?

 青島 うーん。その話か。いやー、いろいろあってね。昨年12月に監督に就任したんだけど、次第に経営側と考え方のずれというか、ボタンの掛け違いというか、方針が違ってしまって、結局、今年7月にチームを離れることになった。言うなれば、コミュニケーション不足だよね。意思の疎通が図れなかった。

青島氏
社会人チームの監督として新たな挑戦をする青島氏

 中原 僕も、大変なことは「修業」と思ってやることはありますけど、そこまで達観できないことが多い。まだまだ若造です。

 青島 良かれと思ってやったことが相手に伝わらず、人生最大の我慢と思うこともあったけど、修業というか、勉強になったと思っている。相手側から見ると、メディアの中にいる僕は扱いにくかったり、難しい存在だったりしたと思う。立場が変われば、思うことも違うわけだからね。今回の経験で、資金を出すスポンサー、受け入れる自治体、選手が一丸となり、1つの目標を目指して進んでいかないと、チームはうまくいかないということを、身をもって学んだね。そのためにはコミュニケーションをとって、お互いに信頼し合える間柄にならないと、運営は難しい。また、そういう関係を築ける相手かどうか見極める眼力、そういった相手とめぐり合える自分の運といったものもあるんだと思う。

 中原 やっぱり、みんなが同じ方向を向いていかないと、うまくいくものも、いかなくなってしまいますよね。

 青島 そんなこんなで退部届を提出し、手続きを終えたら、セガサミーから話がきた。

 中原 実は、狙ってたかもしれないですね?(笑い)

 青島 不完全燃焼だったから、セガサミーの方に素直に入っていけたんだ。

 中原 監督はもう嫌だ、という気持ちにはならなかったですか。

 青島 セガサミーがクラブチームではなくて、実業団チームだということが大きかった。設備投資をして、社員として選手を採用する。バスケット界もそうであったように、古きよき時代の実業団のスタイルをもう1度取り戻そうというチームづくりだったので、こんなにありがたい話はないと。会社が一体となり、盛り上がっていくお手伝いをできたらと思ったし、またその中から、将来のプロ野球選手を生み出したいとも思った。

 中原 健太さん自身、社会人野球でも活躍されていたから、実業団に思い入れが強いんだと思いますが、プロ野球選手を自らの手でつくりだすって、やりがいがありますよね。選手の才能を引き出し、伸ばし、育てる。指導者としての新たな挑戦だと思います。

 青島 今、スポーツ界は実業団からプロ化への流れが主流になりつつある。バスケット界もそうだよね。そういった中、一番難しくなっているやり方をあえてやろうとしているところに好感を持てるし、そこに自分を必要としてくれたことをうれしく思っている。

 中原 野球はプロを頂点に、うまく回ってると思うんですよね。不景気の時期に廃部になったチームもあるけど、また再びチームが増えている。選手も監督も「いずれプロを目指して」というところもいいですね。

 青島 今度はそこで、若い連中と一緒に頑張らなくちゃならないから、チューには、彼らとのコミュニケーション方法をいろいろと聞きたいね。

 中原 いや〜、もう、大して参考になりませんけど、僕でよろしければ、何なりと。

 青島 またいろいろと頼むよ。

今回のプレゼント


◆青島健太(あおしま・けんた)
 1958年(昭和33年)4月7日、新潟市生まれ。埼玉・春日部高−慶大−東芝を経て、85年にヤクルト・スワローズに入団。慶大時代は1シーズン6本塁打22打点の新記録をマーク。東芝時代は83年社会人野球の都市対抗で優勝し、全日本にも2度選出された。ヤクルトでは、プロ野球史上20人目の公式戦初打席本塁打を放った。89年プロ生活を5年間で引退、翌年オーストラリアにわたり、日本語教師を務めた。91年帰国後、スポーツライターとして執筆活動を開始し、テレビ、ラジオでもスポーツキャスターとしておなじみの顔となった。183センチ、血液型は0。

チュー中原(本名・中原雄=なかはら・たけし)
 1966年11月10日生まれ。福岡県出身。専大ヘッドコーチ。89年に専大からいすゞ自動車入り。主将として4連覇を達成した後、99年に退社後、母校専大アシスタントコーチに就任、04年4月からヘッドコーチを務める。大学史上初の全日本大学選手権、関東リーグ戦を制すなど指導力に定評があり、テレビ解説でも活躍中。愛称は「チュー」。
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