亜大岡田監督、最強の雑草軍団/箱根駅伝
<箱根駅伝>◇3日◇復路◇神奈川・箱根町芦ノ湖〜東京・大手町(5区間109・9キロ)
亜大岡田正裕監督(60)は「還暦をすぎたら熊本に帰してやると言われたのに、もう連覇の話。これじゃ戻れない」とうれしそうに笑った。92年バルセロナ五輪1万メートル代表の松野明美らを育てた名将はニコニコドー陸上部の休部後、99年4月から母校に請われて監督に就任。7年目にして念願をかなえた。
「女子の監督」と知られていたため選手集めに苦労してきたが、綿密な練習メニューと練習環境を整えて、雑草軍団を育てた。「女子選手は目を離すと体脂肪が増えたり、24時間の細やかな指導が必要だった。その時の勉強が生きている」という細やかな指導は大学競技でも成功した。選手寮の7畳1間に住み込み「同じ釜の飯を食う仲間」と自ら選手に溶け込み、信頼関係を築いている。
67年の初出場では、9区を走って総合11位。その後、水をあけられて「絶対、駒大に勝ちたいと思ってやってきた」と言う。ライバル校の5連覇を阻止して29度目の出場で夢をかなえた。これからは追われる立場。岡田監督が故郷に帰る時は、まだまだ先になりそうだ。
◆岡田正裕(おかだ・まさひろ)1945年(昭和20年)7月27日、熊本市生まれ。鎮西高から亜大に進み、箱根駅伝には2度出場。3年の初出場(67年)では9区を走り、総合11位でシードを逃した。68年に地元食品メーカーのフンドーダイに就職。10年の選手活動後、会社員生活を経て、86年からニコニコドーの監督を務める。99年から亜大監督。長男雅之は競輪選手。
[2006/1/4/08:47 紙面から]
写真=初優勝し選手から胴上げされる亜大・岡田監督
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