組んだ途端やばい、女子の感触じゃない “ミスター京子”

神取忍(右)の激励を受けた浜口京子は、父アニマル浜口と気合十分
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アテネ五輪の出場枠が懸かるレスリング・フリースタイルの世界選手権が12日、ニューヨークで開幕する。女子レスリングはアテネが初の正式種目となるが、72キロ級の浜口京子(25=ジャパンビバレッジ)は5度目の世界選手権Vを狙う。柔道の世界選手権3位の実績を持つ、神取忍(38=LLPW)が実戦スパーリングで浜口の強さを分析、アテネ五輪での初代「女王」の座に太鼓判を押した。日本代表は今日3日、渡米する。
強いな。(浜口)京子ちゃんは中学のころからの付き合いだし、自分も「ミスター女子プロレス」と呼ばれる以上、初のスパーなので余裕を示すつもりだった。ところが組んだ途端、やばいと思ったよ。女子の感触じゃない。男子と試合した時のびくともしない感じ。浜口ジムでずっと男子選手を相手に練習しているので、身のこなしから「女子離れ」している。
こっちの間合いで先に仕掛けようと思ったが、あっという間にタックルを決められた。重量級で、これほどの切れ味の選手はいない。左右どちらもクセがなく思い切りもいい。大柄なのでゆったりとみえても、反動をつける予備動作がないから察知できず、思った以上に速く感じる。守っても、タックルを切る瞬発力は軽量級の選手並みだ。
レスリングの基本はタックルから、テークダウンを取るスピードと技術にある。自分も柔道から転向した時、必死に練習した。京子ちゃんはとにかくまじめで、以前は教わったことを忠実に守ろうとするあまり、課題だったグラウンド技で動きがギクシャクする場面もあった。相手の予想外の動きに対処できず混乱することもあったという。それが「自然と体が反応するようになりました」と言えるまでになったのは、やはり練習の成果。
スパーの後は父浜口さんと「さば折り」の練習を繰り返していた。大型選手とスタンディングでもつれた時、逆転の投げを食わずに動きを封じることができる。つなぎ技1つにしても体の寄せ方、腰の高さ、技を決める場所などわずかなことで効果が違う。何度も練習し、コツを身につけるしかない。浜口さんは「どんな状況にも対処できるように」と言うがあの徹底ぶりはすごい。
精神面での成長も感じ取れた。00、01年と世界選手権を勝てなかった苦い経験をしている。京子ちゃんは普段、人に気遣いしすぎるほど優しい。それがマットでひょう変する。以前は気負いすぎることもあったが、場数を踏みメンタルコントロールがうまくなった。世界王者の貫録に「ミスター女子アマレス」の称号をあげちゃうよ。(LLPW神取忍)
男みこし仲間 女子プロレスに君臨する神取は、浜口ジムのある東京・浅草の三社祭りに招待され男みこしを担ぐ。その縁もあり、京子とも中学時代からの付き合い。京子がレスリングに転向し94年全日本女子プロレスの東京ドーム大会でエキシビションマッチに登場。さらに世界選手権で優勝し、プロ格闘技界入りを示唆しても「浜口さんに失礼」と神取は勧誘しなかった。38歳で独身を貫く神取を慕う京子も「今はマットが恋人」と言う。
◆神取忍(かんどり・しのぶ) 本名しのぶ。1964年(昭和39年)11月3日、横浜市生まれ。横浜・岡山中3年から柔道を始め、横浜学園高進学後、83年から全日本体重別66キロ級を3連覇。84年世界選手権で同級銅メダルを獲得した。柔道2段。86年に新設のジャパン女子プロレス入り。団体崩壊後、92年LLPW旗揚げに加わった。LLPWシングル王座などを獲得し、天龍源一郎、「オカマ」のムエタイ戦士パリンヤー、巨漢の柔道女王グンダレンコら異種格闘技戦の経験も豊富。昨年10月にLLPW社長に就任。170センチ、75キロ。
◆浜口京子(はまぐち・きょうこ) 1978年(昭和53年)1月11日、東京・浅草生まれ。武蔵野中2年からレスリングを始め、ほかに水泳、空手、プロレスラーの父アニマル浜口の指導でボディービルにも挑戦した。レスリングに打ち込むため、武蔵野高2年で上野高通信制に転入。94年JOC杯ジュニア選手権で初優勝。97年から3年連続で世界選手権75キロ級を制した。その後、2年間は無理な増量の影響で調子を落とし敗れたが、昨年復活しV。家族は両親と弟。170センチ。
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日本女子世界選手権のメダル
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| 年 |
開 催 地 |
金 |
銀 |
銅 |
| 87 |
ロレンスコグ |
0 |
4 |
3 |
| 89 |
マルティニー |
2 |
2 |
3 |
| 90 |
ル レ ア |
4 |
2 |
1 |
| 91 |
東 京 |
3 |
2 |
2 |
| 92 |
ビエルバレヌ |
1 |
5 |
1 |
| 93 |
ラービク |
2 |
2 |
1 |
| 94 |
ソフィア |
6 |
0 |
1 |
| 95 |
モスクワ |
3 |
2 |
1 |
| 96 |
ソフィア |
2 |
1 |
3 |
| 97 |
クレンモンフェラン |
1 |
2 |
3 |
| 98 |
ボズナニ |
2 |
1 |
0 |
| 99 |
ボーデン・イドロッドホール |
3 |
1 |
0 |
| 0 |
ソフィア |
2 |
1 |
2 |
| 1 |
ソフィア |
2 |
0 |
0 |
| 2 |
ハルキダ |
3 |
1 |
0 |
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計 |
36 |
26 |
21 |
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アテネ五輪への道 アテネ五輪で初の正式種目となる女子レスリングは48、55、63、72キロ級の4階級で行われる。世界選手権(7階級)ではこの4階級で開催国ギリシャを除いた上位5位までの国・地域が出場権を獲得する。残る枠は来年3月開催の2度の予選で、ともに3位までに入れば出場権を得る。 日本の五輪代表争いは世界選手権後に白紙に戻し、12月の全日本選手権以降が選考の対象となる。浜口の72キロ級以外、代表争いはし烈。55キロ級で吉田沙保里、山本聖子がライバル意識をむき出し。48キロ級は今回の代表坂本真喜子、山本美憂、既に51キロ級から転向を表明している伊調千春らがしのぎを削る。67キロ級の斉藤は、63キロ級伊調馨、72キロ級浜口の世界王者に挟まれ、どちらに転向しようか悩んでいる。
金36個“お家芸” 過去15回開催された世界選手権で日本女子が、獲得した金メダルは延べ36個。この数は世界NO・1だ。アテネ五輪で初めて採用されるだけでなく、女子レスリングは、いまや日本の「お家芸」としても脚光を浴びている。
◆女子レスリングの歴史
85年2月 女子レスラー第1号の大島和子が初の海外遠征し、公式戦2戦2敗。
同7月 女子初の世界規模大会「世界女子フェスティバル」がベルギーで開催される。日本勢は3階級で11人が出場もメダル獲得はなし。
87年10月 第1回全日本選手権が東京・城西高で開催される。10階級に92人出場し、最終日の決勝は全日本女子プロレスの東京・後楽園ホール大会で行われた。
同10月 第1回世界選手権がノルウェーで開催。日本勢は銀4、銅3を獲得した。
89年8月 第2回世界選手権がスイスで開催。44キロ級吉村、75キロ級清水が優勝。
91年5月 東京で第4回世界選手権が開催。47キロ級山本、61キロ級清水が優勝。国別対抗でも3連覇を飾る。
96年9月 第9回世界選手権がブルガリアで開催され、浦野は4年連続優勝(93年70キロ、94年から65キロ級)。
99年9月 第12回世界選手権75キロ級で浜口が連続V記録タイの3連覇を飾る。
01年9月 国際オリンピック委員会(IOC)がアテネ五輪の女子レスリング採用(4階級)を決定する。

制服姿を披露したジャパンビバレッジ女子レスリング部の選手。左から清水美里、山本聖子、浜口京子、斉藤紀江
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最強OL制服姿 最強OLのそろい踏みだ。世界選手権に出場するジャパンビバレッジ所属の山本、斉藤、浜口は2日、東京・西新宿の本社であいさつ。女子社員用の制服姿で金メダル獲得を誓った。今春入社の浜口の制服は特注サイズ。制服を貸与された時は「社会人なんだと実感できた」と大喜びしたという。日本代表も率いる鈴木監督は「会社の理解でレスリングに専念できる。大会の結果で恩返しします」と話した。
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女子世界選手権代表
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| 階級 |
選手名 |
年齢 |
所 属 |
世界選手権主な成績 |
| 48キロ |
坂本真喜子 |
17 |
中京女子大付高 |
初出場 |
| 51キロ |
伊調 千春 |
21 |
中京女子大 |
2位(02年51キロ) |
| 55キロ |
吉田沙保里 |
22 |
中京女子大 |
優勝(02年55キロ) |
| 59キロ |
山本 聖子 |
23 |
ジャパンビバレッジ |
優勝3(98年51キロ、00、01年56キロ) |
| 63キロ |
伊調 馨 |
19 |
中京女子大 |
優勝(02年63キロ) |
| 67キロ |
斉藤 紀江 |
24 |
ジャパンビバレッジ |
7位(02年67キロ) |
| 72キロ |
浜口 京子 |
25 |
ジャパンビバレッジ |
優勝4(97、98、99年75キロ、02年72キロ) |
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