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| 力走する陸上競技部の渡辺
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「エース不在」にピリオド
その日は数え切れないほどの観衆が大手町を埋め尽くしていた。街全体が少し浮き足立ち、どこか異様な空気が漂う。05年1月2日。まだ朝焼けの名残りがある空の下、いよいよ第81回箱根駅伝が始まろうとしていた。スタートラインに並ぶ色とりどりのユニホーム。その中に、鉄紺のユニホームもあった。
1区を走るのは、渡辺史侑(21)。ちょうど1年前の春、渡辺は故障に苦しみ、走ることができずにいた。そんな状況の中、渡辺をある気持ちが突き動かした。「もう大学生活も残り少ない。ここら辺で1発、勝負をかけてみないと」。
競技を続ける上で、もっとも大変なことは自分を信じることだろう。自分を信じなければ、継続する力も、誇りも持てない。昨日、自分が信じてやったことは、必ず明日につながり、その自信が自分の武器となっていく。渡辺は苦しんでも、決してそこから逃げることはしなかった。あきらめない気持ち、めげない心。そのタフな精神力が競技への姿勢を見直すキッカケとなり、今の姿を作り上げた。苦しみのその先へと道を切り開いたのだ。
レース序盤の重要区間を任された箱根駅伝。信頼と期待を背負っているからこそ任された21・4キロだ。失敗は許されない。各校のエース級選手たちが集うこの区間で、渡辺は必死に前を追った。結果は区間10位。タイムは1時間3分25秒だった。決して悪いタイムではないのだが、「この結果には満足していない」と悔しさをあらわにした。
あれからもう4カ月。今年の箱根での経験。それが、彼の第2のキッカケとなったはずだ。今度は、絶対的なエースへと変わっていくための。「東洋大、エース不在」。もう、そうは言わせない。これからの結果がきっと証明してくれるだろう。東洋大のエースはここにいると。
(小堀 祥子)
◆渡辺史侑(わたなべ・ふみゆき) 1983年(昭和58)4月17日生まれ。167センチ、54キロ。高知工高時代は、全国高校駅伝に2回出場。駅伝の県記録となった高校3年次のレースでは7区を走り、チーム記録に貢献した。走りの安定感は部の中でも群を抜く。今年からは東洋大の主将を任され、チームを牽引していく。

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