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| インカレで3位になりユニバー代表に選出された相川
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競技人生を賭ける
大学3年生の7月。そろそろ「就職活動」が意識の片隅にチラつきだす。それはアスリートであっても例外ではない。そんな中、相川誠也(21)は大きな賭けをしていた。もしもユニバーシアードに出られなかったら「就職活動をしよう」。
そんな相川の思いを風は知らない。出場したレースは予選、準決勝、決勝とすべて向かい風。特に準決勝時の風は−3・0メートルにもなった。一方で、もう1組の準決勝時の風は−1・0メートル。これだけの差があっても各組4着以内に入らなければ決勝へは進めない。相川は準決勝1組を3位で通過した。
しかし、風だけでは終わらなかった。男子100メートル決勝には、同種目の日本選手権優勝者である佐分慎弥(日体大)、アテネ五輪代表の高平慎士(順大)らが順当に勝ち上がってきており、相川の有効期間内最高記録10秒44は、決勝進出者8人中6位。
不運は輪をかける。「ボロボロだった」準決勝の結果、決勝レースは1レーン。しかし、開き直って決勝に臨んだという相川は佐分、高平に続き3位でゴールに飛び込んだ。向かい風1・3メートルの中10秒52。記録ではなくただ代表権だけを求めた結果だった。しかし、「前があの2人でこのタイム差なら……」表情が少し和らいだ。
インカレ後の大会出場予定を尋ねると相川は「ユニバだけです」と一言。インカレの翌週に行われる大会には「エントリーしませんでした」。登録していれば、たとえユニバー代表に落選しても、気を取り直して他の国際大会の代表選考に挑戦することが可能だった。しかし、相川はインカレに、そしてユニバー代表に競技人生すべてを賭け、そして勝った。
「学生の大会では活躍できるようになったが、上の大会では下位になってしまう」と自らの状況を冷静に把握する相川。ユニバは、相川がシニアの大会でも上位へ食い込むためのステップとなりうるか。いや、そうしなくてはならないだろう。なぜなら、就職活動の予定は白紙に戻ってしまったのだから。
(久光真実)
◆相川誠也(あいかわ・まさや) 1984年(昭59)4月6日生まれ。177センチ68キロ。市船橋高出身、スポーツ科学部スポーツ文化学科3年。100メートルの自己記録は10秒30。高校3年時のインターハイで100メートル優勝、200メートル準優勝。同年のアジアジュニア選手権では4×100メートルリレーで日本ジュニア記録を樹立。当時のメンバーには高平と早大で同期の野田浩之がいた。再び高平とリレーを組む今回、学生記録の樹立なるか?

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