◇1964年大会選手村【1】代々木選手村概要

 (1)宿舎、食堂、その他施設が建設できる広大な敷地、2)競技・練習会場への輸送に便利、(3)空港から近い、(4)快適で衛生的、を考慮。

 当初は朝霞の在日米軍敷地も候補だったが返還が困難となった。結局、61年10月に移転費用を全額負担することで米軍の住宅区域だった代々木のワシントンハイツが返還され、整備することが決定した。同地にテレビセンターを建設するNHKに計10万5600平方メートルを割譲し、最終的な敷地は約66万平方メートルとなった。東西は約800メートル、南北約1400メートル、外周約4200メートル、高低差は約9メートル。村内の主要道路にはアテネ、ロンドン、ヘルシンキ、メルボルン、ローマ、メキシコシティの6つが名付けられ村内道路の総延長は約6500メートルだった。

(2014年12月24日東京本社版掲載)