16年の訪日外国人は約2403万人を記録したが、政府は東京五輪・パラリンピックが行われる2020年には4000万人を目指す。民間の調査によると全国でホテル・旅館の客室数が4万4000室も不足するという。そこで注目されているのが民泊。今月にも国会で「民泊新法」が審議される。その流れに一石を投じるのがホテル・旅館業界。国内5万施設にのぼる民泊のうち、合法はわずか68施設(2月24日現在)という〝無法地帯〟で近隣住民の住環境悪化を危惧する。その上「ホテルは足りている」とし、民泊の全面解禁に待ったをかけた。【三須一紀】


■改装してビジネスホテルに「5000万人来たって足りる」

 「外国人が5000万人来たってホテルは足りる」。そう訴えるのは日本中小ホテル旅館協同組合の金沢孝晃理事長(73)。観光庁の「宿泊旅行統計調査」によると15年の全国の客室稼働率は60・3%で、そのうち旅館は37%という低水準だ。金沢氏はその調査に含まれず、昨今、訪日外国人に人気のラブホテルの有効利用も提案する。

 「10平米ちょっとのビジネスホテルとは違い、ラブホテルは30平米ほどあってベッドも大きい上に安価で泊まれる」。金沢氏によると全国に1万2000施設というラブホテルの稼働率は「都心部でも平日50%、土祝前日で80%、全国平均で40%ほど」といい「違法な民泊よりも客室不足に貢献できる」と主張する。

 15年の客室稼働率は東京都で82・6%(全国2位)、大阪府が84・8%(同1位)と都市部では確かに高い。しかし、「稼働率が高いのはインターネット予約で管理されているシティーホテルや大手のビジネスホテルであり、中小のビジネスホテル、旅館、ラブホテルは部屋が余っている」と話す。みずほ総研の調査では2020年に4万4000室が不足するとする一方、東京、大阪以外は空室が増えると分析している。

 そんな中、早ければ今月中にも「民泊新法」が審議入りするが「ホテルが足りているのに、なぜ民泊を全面解禁するのか」と疑問を投げかける。都市部のホテル・旅館に泊まれなければ地方へと流れるはずの外国人が、民泊があれば都市部にとどまってしまい「政府が進める地方創生に逆行する」と異議を唱えた。

民泊新法を危惧する金沢孝晃氏
民泊新法を危惧する金沢孝晃氏

 観光庁などによると「家主不在型」民泊において、宿泊者の本人確認は必要だが、現時点で「対面確認」が義務づけられるかは未定だという。管理者がフロントで24時間常駐する「旅館業法」でのホテル・旅館営業とは違い、ゴミ・騒音問題などの近隣トラブルや火災などの緊急事態、犯罪などへの対応遅れが不安視される。

 「現在ある4万~5万軒の違法民泊が『民泊新法』により合法化すれば、近隣住民の不安は募る」と話す。政府の規制改革会議の答申によれば住居専用地域でも民泊可能としており、一般住民の生活環境が一変する恐れも指摘した。

 15年12月に開かれた政府の「民泊検討会」で日本ホテル協会も「現状のままでは、住民の不安不満が募りトラブルが発生することが予想される、外国人を『おもてなし』しようとする気持ちが、反対に向いてしまうのではと危惧している」と要望した。

 同じ場で、日本旅館協会はさらに厳しかった。「民泊とは名ばかりの違法空きマンション宿泊施設を合法化すれば、悪影響を受けるのは中小規模旅館であり中小零細企業は倒産・廃業へと追い込まれ、地方の疲弊がさらに広がる」「ホテル不足は都市近郊の空室で解消」「テロの宿泊施設や感染症拡大の原因となる恐れがあり、対面での本人確認が必須」との文書を提出した。

 「全国800万軒あるといわれる空き家全てで民泊が可能となる法律では大変だ。パリのテロだって潜伏先は民泊の1室だった」と金沢氏。「法律が制定されても各地方自治体の条例で制限できる選択肢が必要だ。そうでなければ日本の姿が一変してしまう」と切に語った。


■訪日外国人客は09、11年だけ減少

 政府観光局によると、16年の訪日外国人客は初の2000万人超えとなる2403万9000人(前年比21・8%増)。中国、韓国、台湾、香港の東アジアからの訪問客が7割以上を占め、最多は中国の637万人だった。日本を訪れる外国人は年々増加傾向にあり、過去10年で前年比マイナスとなったのは、リーマン・ショック(08年9月)の衝撃で円高、経済の低迷が続いた09年、東日本大震災および東京電力福島第1原発事故が発生した11年のみ。特に最近では13年の初1000万人超えから、わずか3年で倍増している。


■安さがウリも多い違法営業 民泊とは?

 民泊とは インターネットなどの仲介業者を通して自宅やマンションなどの空き部屋を宿泊施設として旅行者に提供する「民泊」は、安く泊まれることなどもあって近年急速に広まった。これを受けて、政府はホテルなどの稼働率が高い東京や大阪に特区を設置。条件付きで認めたが無許可営業の「違法民泊」は依然多く、20年東京五輪・パラリンピックに向け営業基準を定めるなどの対応が求められていた。

 今週中にも閣議決定される新法案では、各自治体への届け出制として新規参入をしやすくする。また客を泊められる上限日数を年間180日とし、周辺住民への迷惑行為など環境悪化が懸念される場合は、都道府県や市区条例で営業日数を短縮できると明記する見通し。ただ、宿泊者に対する民泊業者の責任が軽すぎるとの声も出ており、なお調整が必要となりそうだ。


■既にオープン空き家対策へノウハウ蓄積、大きなビジネスチャンス

 新たなビジネスチャンスと期待する業界は人口減少による市場縮小に、民泊事業を成長させたい考えだ。京王電鉄は2月、大田区の国家戦略特区を利用し、蒲田に「KARIO KAMATA」という民泊専用のマンションを2月22日にオープンした。

 訪日外国人とともに人口減少による空き家対策に民泊を生かしたい。同社広報部によると、京王線沿線でも空き家が増加。将来はその空き家を民泊運営で再利用し、収益につなげるため今から民泊のノウハウを蓄積していく。

 不動産賃貸業の業界団体「全国賃貸管理ビジネス協会」も人口減少対策として、増え続ける訪日外国人に着目。石原智広報は「観光客は我々のお客様ではなかったが、増えている市場で開拓のチャンス」と語る。「4人以上泊まれるホテルが少ない中、民泊は家族で泊まれる」と外国人のニーズに合致するという。

 トラブル増加の不安について「家主不在型」ではコンビニと連携し、24時間対応サービスを業務委託するなど、さまざまなビジネスモデルが考えられるという。ただし民泊新法の規制強化をし過ぎると「コストが上がり、民泊をやめるというオーナーもいる」と話し、国会審議でも規制強化と緩和の議論が予想される。


■犯罪防止へ規制いろいろ

 東京都内で唯一、国家戦略特区で民泊を認めている大田区は16年1月の運用開始からこれまで、20件の違法民泊業者の指導を行い、17件が営業停止した。ただし、住民トラブルによる報告は特段上がっていない。

 同区では犯罪を未然に防ぐため宿泊者の「対面確認」を重視。生活衛生課環境衛生担当係の伊藤弘之さんによると、事前予約で提出された滞在者情報を対面で確認する(テレビ電話等でも可)。その際、宿泊者全員がそろった上で旅券の照合などを行う。同区は6泊7日以上の利用から民泊が可能なため、実際に予約者が利用しているか定期的に確認する。最短の7日滞在であれば通常1回のチェックだという。

 また、民泊施設が対応できる外国語を話せる外国人がいなければ、その施設は利用できない。「24時間電話対応」も努力義務として依頼しているなど、トラブル回避のためかなりの規制を設けている。

(2017年3月8日付本紙掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。