2020年東京五輪の新競技スポーツクライミングの人気が急上昇している。リード、ボルダリング、スピードの3種目のうち、特にボルダリングは約500のジムが全国に広がり、10代の有望選手が次々と台頭している。そこで今回、ビギナーを対象にしたプロフリークライマー安間佐千氏(27)のレッスン連載「もっと上まで登ろう」をスタートする。初回は競技の紹介とともに、日本のトップ3選手、楢崎智亜(20)、野口啓代(27)、野中生萌(19)の強さの秘密についても解説してもらった。


すごいパワーが必要? いえいえ

 クライミングは壁を登るだけの実にシンプルなスポーツです。力が必要なのではないかなど先入観を持っている人も多いと思いますが、興味がある人、始めようと思っている人は、まずクライミングジムに足を運んでください。若い人から高齢者までそれぞれのレベルに合わせた課題が用意されています。まずは1度体験してみてください。

 ボルダリングのジムでは指定された色のテープが貼っているホールドだけを使って登っていきます。最初に壁を見てどのホールドにテープが貼っているかを確認します。そして、それをどう登っていくのかを頭に思い描きます。


ルールが難しい? いえいえ

 心の準備ができたらスタートのホールドを両手で持ち、両足もそれぞれのホールドに乗せてスタートします。最後はゴール(G)と書いたテープのホールドを両手で持ってゴールになります。ホールドには持ちやすいガバや、小さなエッジ状のカチなどさまざまな種類がありますが、どんな形状のホールドが設定されていても、ルールはシンプルでスタートからゴールまで登るだけです。

 登る壁の傾斜もさまざまです。90度以内の緩い傾斜から、180度近い強い傾斜まであります。それをさまざまなテクニックを駆使して登っていきます。緩い傾斜では高い位置にあるホールドに足を乗せ、上げた足に重心を移動させて立ち上がる「ハイステップ」という技をよく使います。強傾斜ではホールドを足のかかと部分でかき込む「ヒールフック」や、甲の部分をひっかけて登る「トーフック」という技を駆使します。一見難しそうですが、1年くらい練習すれば覚えることができます。


若い人限定なの? いえいえ

 今回紹介したテクニックや攻略法については、次週のレッスンから詳しく説明していきます。クライミングはさまざまな技を組み合わせながら、いろんなホールドをつかんでゴールを攻略する楽しいスポーツです。登り方は自由です。何となくこう動いたら登れたというような技の名前が付いていない動きもたくさんあります。ですから自分の感覚に従って自由に動いていくことをお勧めします。


 ◆安間佐千(あんま・さち)1989年(平元)9月23日、宇都宮市生まれ。父の勧めで02年に12歳でクライミングを始め、世界ユース杯連覇などを経て、W杯でも上位の常連となる。08年から日本選手権(リード)3連覇、12、13年W杯リード種目の年間総合優勝を果たし、日本男子初の2年連続のタイトル獲得。その後は競技から離れて主戦場を岩場に移し、プロフリークライマーとしての活動を続けている。


壁に設置されたホールドを説明する安間佐千氏
壁に設置されたホールドを説明する安間佐千氏

 ◆スポーツクライミング 20年東京五輪から新競技に採用。80年代欧米で発祥といわれる。高さ3~5メートルの壁に突起物を設置、複数のコースをいかに少ないトライ数で登り切るかを競うボルダリング、高さ12メートル以上の壁にもうけられたルートを制限時間内に登り到達高度を競うリード、約15メートルの壁にセットされた2本のルートを2人の選手が速度を競って登るスピードの3種目。通常は単種目で競うが、五輪ではその3種目の総合で争う複合が採用される。出場枠は男女それぞれ20人。

 ◆ボルダリング ホールドと呼ばれる突起物が設置された高さ3~5メートルの人工壁を命綱なしで制限時間内によじ登る。複数の課題(コース)に挑んで完登数を競う。同数だった場合は完登に要した試技数の少ない選手が上位となる。力強さ以外にも柔軟性やバランス感覚が求められる日本勢の得意種目で、昨年の世界選手権では男子の楢崎智亜が優勝し、女子の野中生萌が2位、野口啓代が3位に入った。


ジム全国500カ所、競技人口60万人

 ボルダリングジムは日本全国に500カ所近くあり、5年前の約2倍に急増している。競技人口は約60万人。特に2年前に20年東京五輪の新競技の候補に挙がってから10万人増えたといわれる。動きやすい服装とクライミングシューズがあれば誰でも始められる気安さと、公園やジムで手軽にできることで全国各地で広がりを見せている。

 日本選手の競技レベルも高く、W杯の国別世界ランキングでは14年から3年連続で1位。今月6、7日に東京・八王子で行われたW杯第4戦では男女とも優勝は逃したものの、男子は2位楢崎、3位渡部桂太、女子も2位野口、3位野中とともに日本人2人が表彰台に上がった。ちなみに同7日の決勝は当日券も含めて完売し、会場のエスフォルタアリーナ八王子は2340人の超満員の観客で埋まった。



日本トップ3選手の特別な武器を教えます

楢崎のランジ

楢崎のランジ
楢崎のランジ

 楢崎君のいいところはコーディネーション能力の高さにあると思います。彼はホールドからホールドに跳び移るランジという大技を得意にしています。高い身体能力が必要とされますが、単に跳躍力があればできる技ではありません。

 壁でルートを探しながら、次のホールドを目指して跳躍するのですが、ホールドのどこをつかめばいいか分からないですし、その軌道通りに体が動かない可能性もあります。そこがランジの難しいところですが、楢崎君は肌感覚でそれを察知することができます。そして、その判断が速い。これは大事なことで、迷っているうちに腕の疲労がたまってくるからです。そこを感覚的に判断し、高い身体能力でホールドを攻略できるところが楢崎君のひとつの魅力と言えると思います。


 ◆楢崎智亜(ならさき・ともあ)1996年(平8)6月22日生まれ、栃木県出身。兄の影響で小学5年からクライミングを始める。同時期にやっていた器械体操が、クライミングの能力に好影響を与え、実力を伸ばした。宇都宮北高卒業後、プロ転向。16年のボルダリングの中国・重慶大会でW杯初優勝。昨年はW杯年間総合優勝を果たし、世界選手権(パリ)の優勝と合わせて2冠。170センチ。


野口の保持力

野口の保持力
野口の保持力

 野口さんは握力が強いですね。中学生の時から指の力が強かった。50キロ台と聞いています。これは先天的なものといえます。握力といっても握り締める力ではなく、ボルダリングではホールドをつかんで体を支える力、いわゆる保持力のことです。野口さんの握力はまさにボルダリング向きです。さらに彼女は柔軟性も抜群です。カチという小さいホールドを握りながら、次のホールドにヒールフックをかける。その技術は世界一でしょう。

 そして何よりも女子のトップに君臨し続けている存在感が最大の武器ではないでしょうか。常に世界の最上位を維持していくことはとてつもなく大変。忍耐力も必要ですし、コンディションを整える調整力もそうです。人と競い合い、泥臭いけれど、その姿に人間味が出てくる。野口さんの取り組む姿勢からはそんな人柄が出てくる、ボルダリング界では抜きんでた存在です。


 ◆野口啓代(のぐち・あきよ)1989年(平元)5月30日生まれ、茨城県龍ケ崎市出身。小学5年6月に家族旅行で訪れたグアム島のゲームセンターでフリークライミングを体験。小学6年で全日本ユース選手権優勝。その後、女子クライミング界第一人者として活躍。9、10、14、15年と4度のボルダリングW杯総合優勝。昨年の世界選手権は3位。165センチ。


野中の連動性

野中の連動性
野中の連動性

 生萌(野中)は体の連動性が素晴らしいですね。体の位置がどこにあれば、次のホールドに最もアプローチしやすくなるのか、それを常にイメージしながら動いています。つまり体のポジショニングが非常に巧みなのです。

 例えば腰の位置はとても大事です。状況に応じて、次のホールドに進むためには腰が高い方がいい時もありますし、低い時もあります。左右にわずかにずらすことで上半身が動きやすくなるケースもあります。そうした場面に応じて生萌は体のポジション、向きを自在に操っています。

 そうした動きができるのは、体のポジションをどこに置くかを常に考えている彼女自身の意識の高さにあります。生萌のボルダリングを見れば、他の選手との違いが見えてくると思います。体の動きを十分に考え自分らしい動きで登る。ぜひ見て下さい。


 ◆野中生萌(のなか・みほう)1997年(平9)5月21日生まれ、東京都出身。父の登山トレーニングの一環でクライミングを知る。15歳でリードW杯日本代表に初選出、16歳でボルダリングW杯初参戦。15年アジア選手権優勝。昨年の世界選手権で2位。同年世界ランク2位。名前の生萌は若葉萌(も)える季節に生まれたことにちなむ。162センチ。


用語解説

エッジ 縁、端の意味。ホールドの端の部分も指す

ガバ 大きくえぐれていてガバッと持ちやすいホールド

スラブ 傾斜が90度以下の緩い壁

チョーク 滑り止めの粉

正対 体の正面を壁に向けて登る状態

カチ カチッとした小さなエッジ状のホールド

スローパー 丸い形状でつかむところのないホールド。非常に持ちにくい

ハイステップ 高い位置のホールドに足を乗せ、その足に体重を乗せて登るムーブ

トーフック つま先の甲側をホールドにひっかけること

ヒールフック かかとをホールドにひっかけるテクニック

ランジ 遠くにある目標のホールドに跳び付くジャンプ

オブザベーション 課題を登る前にルートを下見して、手順を考えること

一撃 課題を1度のトライで登ること

トラバース 横に移動すること


 取材協力:「Base Camp Tokyo」 ボルダリング専用ジム。東京都板橋区向原3の10の15(小竹向原駅3番出口から徒歩2分)。営業時間は平日12時半~22時半、土曜日10時~21時、日曜日(祝日)10時~20時。問い合わせは03・5926・5508

(2017年5月17日付本紙掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。