1964年(昭39)の東京五輪では、何とたばこが大会の機運を盛り上げていた。禁煙が進んだ現在とは違い、当時の成人男子の喫煙率は8割強。今では考えられないが、五輪マーク入りのたばこが発売され、寄付金付きのたばこまで登場した。その20年後には国際オリンピック委員会(IOC)が、目標に「たばこのない五輪」を設定。クリーンな大会を目指す20年東京大会を前に、53年前の「たばこ事情」を振り返ってみた。


■成人男子の喫煙率は8割強の時代


 前回東京五輪の開催が決定した59年から実際に開催された64年まで、日本は高度経済成長期の真っただ中だった。「3C」と呼ばれる自動車、カラーテレビ、クーラーを所有する市民が増え、人口の増加とともに消費が加速。数ある人気商品の中で五輪の機運を高めるため白羽の矢が立ったのが、意外にもたばこだった。


 五輪翌年の65年の喫煙率は、成人男性が82・3%、成人女性が15・7%だった。調査が始まったのが65年だが、64年も成人の半数近くが喫煙者だったと推測される。大卒初任給が約2万円の時代に、1箱20本入り70円と安くはない「ハイライト」は世界一売れていた。当時は一部の輸入品を除き、日本たばこ産業(JT)の前身で、国営の日本専売公社がたばこを販売。「たばこと塩の博物館」学芸員の鎮目(しずめ)良文さん(41)は「高度経済成長と人口増加で、すべての商品が右肩上がりの時代。1957年に吸いやすいフィルター付きたばこが登場し、たばこの消費量も増えた。大衆的な商品で、しかも国で販売しているたばこは、五輪を盛り上げるのに最適だった」と解説した。


■特別デザインの「ピース」


 五輪を身近に感じ、不足していた運営費の財源にもなる一石二鳥の商品と期待され、さまざまな「記念たばこ」が販売された。59年にまず五輪マークと「TOKYO 1964」の文字が日の丸とともに入った、特別デザインの「ピース」が販売開始。63年4月には寄付金付きたばこ「オリンピアス」が続いた。それまでとは異なる高級なたばこ葉を使用し、30人近いデザイナーがコンペに参加してデザインが決まったパッケージは、さわり心地にもこだわったという。同じ1箱10本入りで、当時の高級銘柄「富士」の50円より10円高い、最高級銘柄だった。


 「オリンピアス」の売り上げは、1箱あたり10円が五輪組織委員会に寄付される仕組みだった。寄付金総額の目標は3億円。当初は両切りたばこのみ発売されたが売れ行きが伸びず、63年12月にフィルター付きが発売されると大ヒット。64年10月までに集まった3億2264万円の寄付金が、運営費などに充てられた。


■実施全20競技のイラスト入りも


 さらにはコレクター心理をくすぐる、実施全20競技のイラストを4競技ずつ、五輪カラーの5色に分けてデザインされた「ピース」も64年に販売。同年は他にも外国人観光客をターゲットとした「とうきょう64」も販売。おみやげとしてまとめ買いできるように、初めて10箱単位のカートン売りが実施された。鎮目さんは「日本のたばこはここまで進歩したということを外国人に知ってもらう意図があった」と、自動車や電化製品などと同様、日本の技術力をアピールする狙いもあったと説明した。


 マナー向上にもつながった。鎮目さんは「(吸い殻が残りにくい)両切りたばこから(吸い殻が残る)フィルター付きに切り替わり、道路が土からアスファルトになった時期なので、ポイ捨てが目立ち問題視された。マナーが注目されるきっかけとなったのは間違いない」と話す。事実このころ、街に多くのゴミ箱や灰皿が設置され、ポイ捨ては激減した。国内の盛り上がりと運営費の財源、さらには海外への日本のPR、日本人のマナーに対する意識の向上。前回東京五輪で果たした、たばこの役割は小さくない。【高田文太】


<2020年には、たばこの見えない五輪になる>

 たばこが町にあふれていた64年と違って、2020年は「脱たばこのクリーンな大会」になる。受動喫煙防止法の国会提出が先送りされるなど五輪開催国として日本の法整備の遅れが指摘されているが、国際オリンピック委員会(IOC)のルールは明確。「会場の屋内全面禁煙」。東京大会も、このルールに従う。

 会場内にある「喫煙所」は、開催期間中は使用不可となる。サッカー会場の札幌ドームなどが、この例にあたる。仮設会場はもちろん、新設会場からも「屋内喫煙所」は消える。屋外競技であっても、観客席は完全禁煙。「選手と観客を受動喫煙から守る」というIOCの考えが徹底される。

 IOCの「五輪禁煙化」への取り組みが始まったのは88年。まず大会からたばこをなくす方針を固め、スポンサーからたばこ産業を排除した。10年には世界保健機関(WHO)と「たばこのない五輪を目指す」合意文章に調印。世界的な問題となっている生活習慣病撲滅のため、運動とスポーツ奨励、子どもの肥満防止とともに「脱たばこ」に本格的に取り組んできた。

 IOCのルールでは、屋外の喫煙所については言及していない。12年ロンドン大会や16年リオデジャネイロ大会では、屋外に喫煙所を設けていた。東京大会でも同様の施設は設けることになるが、大会組織委員会準備運営第1局医療サービス部では「観客動線からは外す」方針だという。

 日本と比べ、欧州などでは屋外での喫煙に寛容な国もある。リオデジャネイロ五輪でも屋内から1歩外に出たところに灰皿があり、非喫煙者が煙に巻かれる会場もあった。しかし、東京大会ではよりクリーンになりそう。街中にある目隠し付きの喫煙所を観客動線から外して設ければ、非喫煙者にとって「たばこの見えない五輪」になる。

 04年夏季大会が行われたアテネ以降、すべての夏冬大会の開催都市は開催決定から開幕までに罰則を伴う受動喫煙防止の法令を定めている。日本もIOCから罰則を伴う法規制の整備を強く求められているが「禁煙五輪」の流れは止まらない。医療サービス部救急医療課の金枝俊宏課長は「東京で後退することはない。ロンドン、リオ並みか、それ以上の環境にはしたい」と、クリーンな五輪を目指して話した。【荻島弘一】


 ◆カシマスタジアムなど競技会場の改善進む 2020年の競技実施会場に内定している各施設では、すでに分煙対策が進んでいる。IOCの規定で会場内は禁煙とあって、屋外に喫煙所を次々と設置。近年は15年の日産スタジアム(サッカー)を皮切りに、昨年は横浜スタジアム(野球、ソフトボール)とさいたまスーパーアリーナ(バスケットボール)、今年はカシマスタジアム(サッカー)で設けられている。

 カシマスタジアムは従来は、屋外とはいえコンコース内に数十カ所、灰皿が設置されただけだった。ここを本拠とする、サッカーJ1鹿島の試合のハーフタイムなどは、煙が立ち込め、トイレや売店を待つ非喫煙者から不評だった。昨季までチームや茨城県に苦情が届き、分煙環境が整備された。

 屋内競技の会場で、古くからスポーツイベントを数多く実施している、既存の日本武道館(柔道)や東京体育館(卓球)なども、近年の分煙の流れで、屋外に喫煙できる場所がある。屋外を含めて会場の敷地内が全面禁煙となる可能性もあるが、海外には屋外なら喫煙可能という国も少なくない。外国人観光客への配慮などを重視した場合に備えて、徹底した分煙ができる準備が進められている。

※カッコ内は五輪実施競技


(2017年8月2日付本紙掲載)