2020年東京五輪・パラリンピックでは寝具会社がスポンサーとなり、選手村のベッドなどを整備する初めての大会となる。過去大会では大会組織委員会などが寝具をリースしていた。20年東京大会の公式パートナーとなったのは寝具会社「エアウィーヴ」(東京都中央区)。創業者の高岡本州(もとくに)会長(57)が取材に応じ「選手1人ひとりの体格に合わせた寝具を準備したい」との方針を明かした。【三須一紀】

自社製品を説明する「エアウィーヴ」の高岡本州会長
自社製品を説明する「エアウィーヴ」の高岡本州会長

■スポンサー初 選手村の寝具整備「エアウィーヴ」

 人生の3分の1は睡眠といわれている。高岡氏は「これまでの選手村の寝具はリースだったというが、選手が最も接する時間が長い道具なのに、それはおかしいのでは」との思いもあり、寝具会社として五輪のスポンサーに名乗りを上げた。エアウィーヴ社は選手村に整備するマットレスを、選手ごとに対応して仕様を変える計画を進めている。「セミカスタマイズ」というもので、完全オーダーメードではないものの海外選手が実際に使って調整しなくとも、身長や体重、筋肉量などのデータさえあれば、体格に応じた種類の寝具を提供できるという。

 「実際に寝具に寝なくとも個別に作れる大量のデータを長年蓄積してきた」と自信を見せる。スポーツ界においては07年に国立スポーツ科学センター、08年北京五輪では日本水泳連盟、日本陸上競技連盟、10年バンクーバー冬季五輪ではフィギュアスケートチームなどのサポートを行った。日本、米国、フランス、ドイツ、中国などのオリンピック委員会のパートナーも経験。米スタンフォード大、早大との研究も含め、膨大な研究データが、同社の技術を下支えしている。


 同社マットレスの特徴は「エアファイバー」と呼ばれる繊維を、空気を編むように絡み合わせて仕上げ、優れた体圧分散を実現。楽に寝返りができ、通気性も良く、水洗いも可能だ。有名選手ではテニス錦織圭、卓球の石川佳純、競泳北島康介氏、フィギュアスケート浅田真央氏らが同社製品を愛用してきた。

 選手村にはマットレスだけでなくベッド台も納入予定。東京大会が掲げる「持続可能性」に配慮した素材で製造し、簡易的に着脱でき、後利用できるものにしたい考え。

 もはや寝具はただ寝るためのものではなく「選手を勝たせるためのギア(道具)だ」と言い切る。「かつてカール・ルイスがナイキを履いた際は靴が科学された。競泳では水着がただの衣服だったのがレーザーレーサーが出現し選手は躍起になった。その後は『食』、そして寝具となってきた」。選手が勝利のために意識してきた分野が時代とともに変遷し、ついには無意識下の睡眠の質にまでたどり着いた。


 五輪で金メダルを目指す極限のアスリートが求める「睡眠」は20年東京大会後、一般市民のレガシーにもつながるという。「昔は体重計にしか乗っていなかったのに今は体脂肪計に乗るでしょ? 寝具も寝るためだけのものから、睡眠時間以外の『人生の3分の2』を良い状態にする道具にしていきたい」。

 同社は新たな試みを多く仕掛けている。今年2月、無料の「睡眠アプリ」を発表。スマートフォンにダウンロードし、枕元に置いて眠ると、睡眠中の体の動きを感知し、睡眠の深さや時間、覚醒時間、睡眠効果を計測できる。

 今年5月には中部電力とタッグを組み「睡眠時における寝具とエアコンの自動制御」に向けた実証実験を開始した。将来、アプリにより個々人の睡眠データをエアコンにひも付かせ、室温を眠りの状態に合わせて自動的に変え、快適な睡眠に導くという。

 高岡氏は「公式スポンサーの中で一番若い会社。アップル社が携帯電話を(スマホの)iPhoneにしてコミュニケーション道具に変えた。我々は寝具界のアップルのような『睡眠インフラ企業』を目指したい」と意気込んだ。


<23人の若手男性アスリートが12週間検証したら>

 エアウィーヴ社はスタンフォード大医学部などとの共同研究で「エアウィーヴ」(1)とその他マットレス(2)で、若年者の運動能力に与える影響を研究した。トップアスリートを目指す青少年が所属する「IMGスポーツアカデミー」の23人の男性アスリートが参加。2班に分けて、一方が1→2の順に、別の班は2→1の順で6週間ずつ寝た。40メートル走では0・08秒、幅跳びでは1・27センチ、エアウィーヴ社のマットレスで寝た方が成績が良かった。各条件とも検証期間のラスト2週間に行った。

 ◆エアウィーヴ 2004年(平16)設立。クッション材、リサイクル商品の製造、販売を開始。06年にエアウィーヴ素材が完成し、07年に販売開始。11年、浅田真央氏と契約。13、14年は日本オリンピック委員会の公式パートナー。16年リオ大会では選手団に寝具を提供。マットレスと枕に続き、17年には日本航空のファーストクラスの掛け布団に採用された。


西川産業の「エアーポータブル」は広げてベッドに乗せるだけで使用できる
西川産業の「エアーポータブル」は広げてベッドに乗せるだけで使用できる

■五輪選手サポートします「西川産業」

 1業種1社の原則があるため公式スポンサーではないが、室町時代創業の老舗「西川産業」は選手やチームのサポート面で20年東京大会を盛り上げる。サッカー元日本代表の三浦知良、ブラジル代表ネイマール、プロ野球日本ハムの大谷翔平、来年の平昌(ピョンチャン)冬季五輪のフィギュアスケートで連覇を目指す羽生結弦ら多くの有名選手と契約している。

 営業統括本部の須藤健二朗マネジャー(37)によると契約だけでなく、自らサポートを依頼してくる選手を含めると約1000人のアスリートと関わっている。12年には100人ほどだったから、睡眠への関心が激増したことが分かる。同年から日本レスリング協会をサポート。16年リオデジャネイロ五輪でレスリングは金4個を含む全7個のメダルを獲得した。

 同社の主力商品は「AiR(エアー)」で凹凸が無数にあるスポンジ状のマットレスで体を点で支える。圧力分散により血行障害の緩和、寝姿勢保持などの効果がある。

 昨今、3人に1人が眠りに不満を持ち、その70~80%が解消できていないという。医療費高騰が問題化する中、スポーツと同様、睡眠の質向上が病気を防ぐ役割として期待されている。

 同社は日本初の「ねむりの相談所」を今年3月、東京・有楽町に開設。現在は全国15店舗に増えた。3センチ大の計測器を1000円で貸し出し、1~2週間で日中の運動量、睡眠時の時間、姿勢、寝返り回数などを計測。快眠のコンサルティングだ。

 選手には定期的に睡眠勉強会を開催。眠る前の準備として「1時間30分前からスマホなどのブルーライトを見てはいけない」「体温が下がる時に眠気が来るので、風呂に入って体温を上げておく」「夜はラベンダーなどのリラックス系、朝はかんきつ系の香りを嗅ぐと良い」などの座学を行う。選手が海外遠征に出る際は、時差ぼけ防止のため、食事などのタイミングを書いたタイムテーブルも手渡すという。須藤氏は「2020年はメダルを多く取らせることが役割だと思ってます」と熱く語った。


<「デルタ波」増加>

 西川産業は自社の「4層特殊立体構造マットレス」と、一般的なマットレスと比較。西川製で寝ると記憶力の向上に関連がある「デルタ波」が有意に増加した。また、成長ホルモン分泌量が増加し、アンチエイジング効果も期待できる結果も出たという。老化の原因でもある酸化ストレスも減少した。

 ◆西川産業 1566年(永禄9)、仁右衛門が蚊帳・生活用品販売業を開始。1587年(天正15)に近江八幡町に本店「山形屋」を開店。1615年(元和元)、江戸・日本橋に支店を設置。1887年(明20)に、それまで自宅で作るものだった布団の販売を開始。1958年(昭33)には合繊安眠デラックスわたを開発、洋風掛け布団ブームの発端となった。2009年「エアー」を開発。現在の西川八一行(やすゆき)社長は西川家15代当主。13年には全日空のファーストクラスに寝具が採用されている。