「昨日デートでボッチャやってきたよ」。そんな会話がある日常を実現することが、パラリンピック競技の真の普及となる-。2020年東京五輪・パラリンピック大会組織委員会のアドバイザーで、クリエーティブ会社「ワン・トゥー・テン」の沢辺芳明社長(44)が、パラスポーツの見方を180度変えようと挑戦している。「サイバースポーツ・プロジェクト」としてボッチャ、ウィル(車いす)に続き、来年前半までにサイバー車いす・テニス、バスケットボール、ラグビーの完成を目指していることも明かした。【三須一紀】


サイバーボッチャを開発した沢辺芳明社長(撮影・三須一紀)
サイバーボッチャを開発した沢辺芳明社長(撮影・三須一紀)

 「『パラスポーツを応援しましょう』『障がい者を応援しましょう』ではお客さんは見に来ない。それは正直、きれい事」

 歯に衣(きぬ)着せぬ直球で、厳しく本質に迫る。自身も18歳でバイク事故に遭い、車いす生活を送る身だが、むしろ、きれい事をぬぐい去ることで初めて、スタートラインに立てるという、意識改革の重要性を訴えた。

 二十数年前、リハビリのために初めて、日本に上陸したばかりのボッチャに触れた。それからしばらくプレーすることはなかったが、楽しい競技だという意識が頭に残っていた。「バーで飲みながらできれば、ダーツやビリヤードのようになれる」。行きついたのが「大人のデート」というコンセプトだった。

 昨年8月、正式に記者発表。プロジェクション(投影)技術や電飾を使い、ファッショナブルなゲーム空間に仕上げた。目標球との距離の計測も近未来的な投影表示で、ゲーム性を高めた。

 「『俺、今、ボッチャにはまってんだよ』『バーで飲みながら上司とチーム対抗でやったんだよ』という会話を日常風景に本気で取り入れたい。そこまで振り切っていかないと、おそらくパラスポーツに本気で興味を持ってくれない」

 実際、サイバーボッチャをパラメダリストにやってもらうと、標的球の真上に自分のボールを乗せ「パラ選手がすごすぎるということが分かる」という。「サイバーウィル」も、VR(バーチャルリアリティー=仮想現実)ゴーグルを装着して400メートル走を体験するものだが、実際の競技と同じように、タイヤを走らせる腕の負荷が掛かるので、パラ選手がいかに速いかが実感できる。ウィルは昨年1月に発表し、グッドデザイン賞も受賞した。


バンダイナムコアミューズメント「VS PARK」に置かれているサイバーボッチャ
バンダイナムコアミューズメント「VS PARK」に置かれているサイバーボッチャ

 「サイバースポーツ・プロジェクト」の新たな構想も明らかにした。車いすのテニス、バスケ、ラグビーの3競技。テニスは、その場だけで左右に回転する車いすに乗る。MR(ミックスドリアリティー=複合現実)ゴーグルを装着し、視界の先には世界の第一人者、国枝慎吾が対戦相手としている。バスケ、ラグビーはVR仕様にし、インターネットを通じて世界中のプレーヤーとも対戦できる。車いす同士の激しい衝突が魅力の1つでもあるラグビーは、「触覚フィードバック技術」を搭載し、衝撃も実感できるようにする。


 来年は日本でラグビーW杯が開催されるため、それまでに間に合わせたい考え。20年東京大会では、会場周辺はもちろん、空港や駅などに設置し、多くの人に体験してもらうことを目指している。

 サイバーボッチャが20年大会の仕様に正式採用されることはないのか聞くと、実際の大会では自動計測を行っていないのと、サイバーボッチャでは現時点で、ボールの上にボールが乗った場合の立体計測ができないため、難しいという。しかし、国際協会の会長が視察に訪れた際、今後の実用化に前向きな姿勢も見せた。沢辺氏は「東京大会ではフィギュアスケートのように、エキシビションができたらいい」と野望を語った。

 パラスポーツの普及、エンタメ化、さらにはプロ化など、大きなビジョンに向かって事業を進める沢辺氏に「本気でそこに向かうには何が必要か」と問うと、叱咤(しった)激励する意味で厳しい答えが返ってきた。

 「本当の意味でのプロ意識を持った選手がほとんどいない。イチロー選手のようにプロとしての威厳、誇りを持ち、発言できる人が必要。アマチュアリズムにお客さんはお金は払わない。パラ選手では国枝さんがその1人。もっともっと増やしていかないと」

 ショーアップをし、エンタメ性を高め、そして選手のプロ意識がさらに向上すれば、パラスポーツの未来は変わる。2020年はその試金石となる。


サイバーウィルを体験する記者
サイバーウィルを体験する記者

■飲める店に高い壁

 サイバーボッチャをバーなど、お酒を出す飲食店に導入するには現状「風営法」の壁がある。射幸心をあおり賭博性を帯びる危険性があることから、深夜酒類提供飲食店にゲーム機を設置するのには規制がある。ゲーム機が客室面積の10%以下であれば設置できるが、サイバーボッチャは大きな面積を有するため、ハードルが高い。ビリヤードはスポーツとしてみなされるため対象外。サイバーボッチャもスポーツなのだが、まだ開発されて間もないことから、現時点では規制対象になるという。


 ◆沢辺芳明(さわべ・よしあき)1973年(昭48)10月1日、東京都生まれ。92年、京都工芸繊維大入学。直後の4月にバイク事故に遭う。97年にワントゥーテンデザインを創業。現在は、企業グループ・ワントゥーテンを率いる。ロボットの言語エンジン開発やデジタルインスタレーションなどアートとテクノロジーを融合した数々の大型プロジェクトを手掛けている。15年に日本財団パラリンピックサポートセンターのオフィス設計、16年リオパラリンピックのフラッグハンドオーバーセレモニーではコンセプトアドバイザーを務めた。日本財団パラリンピックサポートセンター顧問、超人スポーツ協会理事、日本ボッチャ協会理事などを担当。


 ◆ボッチャ ヨーロッパで生まれた重度脳性まひ者、もしくは同程度の四肢重度機能障がい者のために考案されたスポーツ。ジャックボール(目標球)と呼ばれる白いボールに、赤、青のそれぞれ6球ずつのボールを投げ、いかに近づけるかを競う。障害の度合い別に4クラスあり、障害によりボールを投げることができなくても、勾配具を使い、自分の意思を介助者に伝えることができれば参加できる。競技は男女の区別のないクラスに分かれて行われ、個人戦と団体戦(2対2のペア戦と3対3のチーム戦)がある。6球の試技を「1エンド」として、個人・ペアは4エンド、団体は6エンドを1試合として、得点の総計で勝利が決まる。