2020東京五輪・パラリンピック開幕が3年6カ月後に迫った。13年9月の開催地決定から3年で訪日外国人旅行者は2倍に増えて2000万人を突破。18年には9万人以上といわれる20年大会のボランティア募集が始まる。日本を訪れる外国人への「おもてなし」のニーズはますます高まる。そこで日刊スポーツでは一足早く、元JAL国際線ファーストクラスのチーフCAで「おもてなし学」の第一人者、筑波大の江上いずみ客員教授(55)の連載「おもてなし講座」をスタートする。【構成 首藤正徳】



■心を「以って」行為を「成す」

 2013年9月7日にアルゼンチンのブエノスアイレスで行われた国際オリンピック委員会(IOC)総会で、東京五輪・パラリンピックの開催が決定しました。その際の滝川クリステルさんのプレゼンテーションにより「お・も・て・な・し」という言葉が海外でもとても有名になりました。

 では「おもてなし」とは何でしょうか。一つは「もて成し」という言葉に丁寧語の「お」を付けた「心を以って行為を成す」という意味です。「待遇」「歓待」ともいえます。もう一つは「表なし」=「表裏なし」です。つまり「表裏のない本心で大切なお客様をお迎えする」という意味です。

 また、おもてなしはサービスとは違います。サービスはラテン語の「SERVIRE」が語源になっていて、そこには「SERVUS(奴隷)」というニュアンスが含まれています。提供する側とされる側に主従関係が発生し、チップやサービスチャージといったお金の授受が発生ます。しかし「おもてなし」にはお金の概念はありません。対価や見返りを求めず、相手に喜んでもらうために心を尽くすことが「おもてなし」なのです。

おもてなしの極意である「心を以って行為を成す」と自ら毛筆でしたためた元日本航空ファーストクラスのチーフCAで、現在筑波大客教授を務める江上いずみ氏
おもてなしの極意である「心を以って行為を成す」と自ら毛筆でしたためた元日本航空ファーストクラスのチーフCAで、現在筑波大客教授を務める江上いずみ氏

■対価求めず心を尽くす対応

 まさに五輪・パラリンピックのボランティアも見返りを求めない対応で行うことと言えます。組織委員会と東京都で計9万人以上を募集することが発表され、さらに東京だけではなく事前キャンプ地など全国の自治体でもボランティアの需要は高まっています。組織委員会のボランティア戦略には、その果たす役割について「日本人の強みである“おもてなしの心”や“責任感”を活かして行動」と一番初めに「おもてなし」の言葉が明記されています。

 東京大会まで3年半となり、ボランティア教育にも関心が集まってきました。日本人としてボランティアとしてどのようなあいさつをするかも大切な教育です。

 日本人のあいさつというとやはり「お辞儀」ですが、やり方次第で随分と印象は変わります。あいさつの言葉を述べながら頭を下げるのを「同時礼」、あいさつの言葉を述べた後に頭を下げるのを「分離礼」といいます。「分離礼」の方が相手にしっかりと言葉が伝わり、より丁寧と言えます。また聴覚に障害のある方は、相手の唇の動きを読んで言葉を認識しようとします。ですから口元がはっきり見える「分離礼」をすることが相手への心づかい、思いやりになるのです。

■ハグ習慣ない日本人的には

 さて、それでは外国人をお迎えする時のごあいさつはどうでしょう。海外では「ハグ」や「握手」が一般的ですが、日本人にとって「ハグ」はなかなかなじめないあいさつといえます。日本人ができるグローバルなあいさつというとやはり「握手」です。ただ、この「握手」にも、さまざまなルールとマナーがあります。

 例えばボランティアとして空港や競技場で選手を出迎えるシーンを想像してください。選手が握手の手を差し伸べてくると、多くの日本人は「よろしくお願いします」と言って、握手しながら頭を下げてしまいます。しかし、グローバルマナーとしての「握手」は、相手の目をしっかりと見て頭を下げません。また両手の握手を「おねだりの握手」といいます。グローバルマナーとしての握手は両手でではなく右手だけで行います。あいさつの言葉を交わしながら、上下に2、3回振ります。また弱い握手は「死んだ魚を握っているようで気持ち悪い」と言われますので、強すぎず、弱すぎず、しっかり相手の手を握ることも大切です。

 日本では目下から目上の人に先にあいさつするのがマナーですが「ハグ」や「握手」は相手の身体に手を触れることです。また欧米はレディーファーストが原則です。ですから手を差し出すのは目上の人→目下の人、女性→男性の順がグローバルマナーになります。ただ日本を訪れてくださった外国人に対して、心からの歓迎の気持ちを込めて手を差し出すときは、相手が年長者であっても、こちらから手を差し出してかまわないと私は思っています。また右手が不自由な方もいらっしゃいますから、そのような時はにこやかに左手を差し出しましょう。車いすの方とは、しっかりと腰を落として視線の高さを合わせるのも握手をするときの心遣いといえます。

 そうした海外からのお客様をお迎えした部屋に入室する時、ノックは何回すればいいでしょうか。有名なベートーベンの「運命」という曲は「ジャ、ジャ、ジャ、ジャーン」で始まります。悪魔が運命の扉をノックした音と言われます。そう、国際標準マナーで定められたノックの回数は4回なのです。それが今は軽減されて、少なくとも3回以上しましょうという表現になっています。

 日本でよく行われる2回のノックは、「トイレノック」と言われ、トイレ以外に用いるのはよくありません。「中に誰もいないですね」と空室を確認するノックは2回ですが、「入ってもよろしいですか」と入室を確認するノックは3回以上と覚えてください。

握手はお互い笑顔で目を見て、ほどよく力を込めてする
握手はお互い笑顔で目を見て、ほどよく力を込めてする

■心が通い合い初めて成り立つ

 私はJALで30年間にわたり、国際線の乗務員としてさまざまな国の方と接してきました。外国のお客様は必ず私たちに「ハロー」や「グッドモーニング」と言って搭乗され、降りるときも「サンキュー」や「シーユーアゲイン」と声を掛けてくれますが、日本のお客様は私たちがごあいさつしても黙ったままの方が多くいらっしゃいました。また、食事をお持ちすると外国の方からは「サンキュー」という言葉が返ってくるのに対し、日本の方は映画などに夢中でCAとは目も合わせない方もいらっしゃり、寂しい思いをしていました。

 それが13年7月24日に奇跡が起こりました。私のラストフライトの日です。ホノルル→成田便でした。成田の滑走路に着陸して搭乗御礼の機内アナウンス。通常のあいさつをした後、「なお私事ですが、このホノルル便をもちまして30年間の乗務生活に終止符を打つことといたしました。今日、この便に皆さまにご搭乗いただきましたことを、あらためて心から感謝申し上げます」と言っているうちに感極まり、涙声になってしまったら、438名の満席のお客様から大きな拍手が沸き起こったのです。そして、搭乗口でお客様をお見送りする時、お客様一人一人全員が「お疲れさま」「頑張って」「ありがとう」「お幸せに」と声をかけて降りて行ってくださったのです。こうして何か特別なことがあると日本人は本当に優しいのですが、何もないときにはなかなか声がけ、言葉がけができません。

 「おもてなし」をとても簡単に言うと、相手が喜んでくれるだろうなと思うことをしてさしあげること、言ってさしあげることです。「おもてなし」は尽くす側と尽くされる側の、心が通い合って初めて成り立ちます。その意味でもふだんからのたくさんの言葉がけを大切にしていただきたいと思います。


 ◆江上いずみ(えがみ・いずみ)1961年(昭36)4月19日、東京都生まれ。筑波大付属高−慶大法学部。84年に日本航空入社。国際線・国内線の客室乗務員として、13年7月まで30年間で約1万9000時間乗務。87年10月には皇太子殿下・美智子妃殿下(当時)の特別便(ボストン、ニューヨーク、ワシントン)担当乗務員に。13年11月、グローバルマナースプリングス設立。15年に筑波大客員教授就任。大学や官公庁、企業などで「グローバルマナーとおもてなしの心」などの講演を手がけるほか、オリンピック・パラリンピック教育担当講師として全国の小中高校で「おもてなしの心」をテーマに講演中。国内外での年間講演数は200回に及び、「おもてなし学」の構築に取り組む。

著書「JAL接客の達人が教える 幸せマナーとおもてなしの基本」・「心づかいの極意」 
著書「JAL接客の達人が教える 幸せマナーとおもてなしの基本」・「心づかいの極意」 

 ◆プレゼント 江上いずみ先生の著書『JAL接客の達人が教える 幸せマナーとおもてなしの基本』(海竜社)と『“心づかい”の極意』(ディスカヴァー)を、それぞれ本紙読者2人にプレゼントします。希望者はハガキに住所、氏名、年齢、職業、希望する書名を明記の上、〒104−8055 東京都中央区築地3の5の10 日刊スポーツ新聞社 「おもてなし本」係まで。25日の消印まで有効。