<ヤクルト投手 石川雅規(37)>

 初めてプロとアマが合同になった、00年のシドニー五輪に出させてもらいました。僕は当時、大学(青学大)3年生。メダルは取れませんでした。プロの方たちが悔しく泣いていた姿は、忘れられません。

 初めて日の丸を背負ったのは、99年のシドニー五輪予選でした。言い方は悪いかもしれないけど、本戦よりも緊張したのを覚えています。初めての代表でしたし、「オリンピックに出なければいけない」という重圧、雰囲気もありました。

 印象深いのは、古田(敦也)さんとの出会いです。初めて受けてもらったのに、何年も受けてもらってるような感覚で、本当に投げやすかった。キャッチング、いろんなボールの使い方から、すべてが衝撃的でした。「自分の球を思い切って投げてこい」と言ってもらえて、腕を振って投げることができました。

 本番は正直、楽しめました。準決勝のキューバ戦で投げたんですけど、キンデランとかコントレラスがいた。当時は若かったから「すごい選手と戦える舞台に来られたんだ」という気持ちになったんだと思います。日の丸を付けて戦った重みは、年々感じます。もう何年も前のことですけど、「オリンピックどうでしたか?」と聞かれることも、僕にとっては誇りです。

 よく「失敗から学ぶ」と言うじゃないですか。僕は、小さな成功から学ぶことのほうが多いと思うんです。オリンピックに出られたのは、東都大学リーグで成功できたから。出たことによって、よりプロに行きたいという思いが強くなりました。プロの選手を間近で見たら、ウオーミングアップのやり方も全然違った。あの時に準備の大切さを学べたのは、37歳まで現役でやれていることにつながっています。

 東京オリンピックは40歳ですけど、チャンスがあるなら、ぜひ出たいです。僕も可能性はゼロではないと思うし、アマチュアの選手でも、誰にでもチャンスはあると思います。2020年、何らかの形で携わりたいですね。


(2017年3月15日東京本社版掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。