陸上女子100メートル決勝で、フレーザープライスの五輪3連覇を阻んだのは、同じジャマイカの24歳、トンプソンだった。「王国復活」に執念を見せる米国のボウイに体ひとつ差をつける快勝。29歳の女王もしぶとく3番目にゴールを駆け抜けた。21日に30歳を迎えるウサイン・ボルトのたそがれが近いとはいえ、ジャマイカ旋風は、まだしばらく続きそうである。

 緑と黄色の国旗をまとって喜ぶ彼女らの姿を見て、20年前に担当した特集記事の取材を思い出した。96年アトランタ五輪開幕前だった。男子100メートルの金メダル最有力候補ドノバン・ベーリー(カナダ)が、10歳までジャマイカで育ったことを外電で知った。実は88年ソウル五輪で薬物使用で失格したベン・ジョンソン(カナダ)も、92年バルセロナ五輪覇者リンフォード・クリスティ(英国)も同国出身。カリブ海の小島に強さの秘密があるような気がした。

 五輪前の欧州GPを選手と一緒に転戦し、ストックホルムGPの前夜祭でベーリーと、ジャマイカ短距離界の女王マリーン・オッティに話を聞いた。その当時の記事のスクラップを引っ張りだして、彼らのコメントをあらためて読んで、驚いた。今の状況を実に正確に暗示していたのだ。

 「魚と米、ヤムイモが主食。その食生活がスプリンターの体質をつくるのさ。肉が主食の米国選手はすぐにぜい肉がつくし、選手寿命も短い。だからジャマイカに米国並みの設備ができれば、やがて短距離界から米国人はいなくなるさ」(ベーリー)。「ジャマイカの人気スポーツはクリケットと陸上しかないの。でも貧しい黒人はクリケットはできない。走るしかないの。90%の子どもが陸上をするわ。米国で子どもが野球やバスケットをするようにね。だから選手層が厚いのよ」(オッティ)。

 8年前の北京五輪、ボルトが世界新記録で男子100メートルを制し、同種目で女子が表彰台を独占した。秋田県ほどの面積に270万人が暮らすカリブ海に浮かぶ小国の快挙に、世界が驚いた。以来、その強さの秘密を探る分析や研究が各方面に広がった。

 米国の最新科学の指導理論が導入されたという説。スペイン領となった16世紀初めにサトウキビ農園の労働力として西アフリカから屈強な人材が選ばれて集まったとする説。短距離に必要とされるタンパク質を多くつくる遺伝子が筋肉に含まれる割合が高いという説など、さまざまな報道がされている。しかし、ルーツや遺伝子に要因を求めることに私は懐疑的だ。環境で大きく変わる選手たちを多く見てきたからだ。

 20年前の取材で印象に残っているシーンがある。取材後、ベーリーが前夜祭のディナーに並べられたサケを手に取り、ガブリとかみつくポーズをつくった。記事に付ける写真に、というのだ。底抜けに陽気でサービス精神旺盛だった。そういえばボルトも緊迫のスタート直前にライトニングポーズで会場を盛り上げる。リオでは髪の毛を緑と黄色に染めたフレーザープライスが、やはりスタート前にまぶしい笑顔で手を振っていた。どんな大きな舞台でも人生を楽しむことを忘れない気質も、大舞台で勝負強さを発揮できる要因かもしれない。【首藤正徳】