「斉藤の声が、頭の中に出てくるんだよ。『先輩、頼みます』ってね」。13日に行われた日本選手団中間会見。副団長として柔道の好成績を振り返った山下泰裕氏は、会見を終えてポツリと言った。昨年1月に盟友の斉藤仁氏が急逝した。強化委員長の責務を引き継いだだけに、金3個を含む12個のメダル獲得がうれしいのは当然だった。

 柔道界にとって、激震の4年間だった。金メダル1個と惨敗したロンドン五輪の後、女子選手への暴力的指導、指導者助成金の不正受給など次々と問題が発覚した。全日本柔道連盟(全柔連)の組織が刷新され、副会長となったのが山下氏。そのサポートをしたのが、当時強化委員長だった斉藤氏だった。

 亡くなる直前、病床で言われたのが「先輩、頼みますよ」だった。数々の役職で多忙な山下氏が強化委員長を引き継いだのも、その思いに応えるため。信頼を回復するために、リオ五輪で結果を残すことは柔道界の責務だった。男子の井上康生監督、女子の南條充寿監督とともに、斉藤氏の遺志を継いで五輪でのメダル獲得を目指してきた。

 問題が噴出した当時、出てきたのが「柔道界の金メダル至上主義」という言葉だった。そのたびに斉藤氏が「何が悪い。金メダルを目指して努力している選手たちに、金メダルを取らせてやりたいと思うのは当たり前だろ」と怒っていたのを思い出す。山下氏も「金を目指さなければ、メダルもない」と話した。

 ただ「金でなければメダルではない」という柔道界の考え方に変化が生まれているのも確か。3位決定戦でも選手は死力を尽くしたからこその12個のメダル。銅メダルの表彰台でも胸を張る選手は多かった。意識は、少しずつだが確実に変わってきている。

 今大会、柔道でメダルを獲得したのは、過去最多の26カ国だった。ブラジルの貧困地域ファベーラや、小国コソボからも金メダリストが誕生した。世界的な広がりを続ける競技だからこそ、日本の役割もさらに大きくなる。国内の柔道界改革も道半ば。子どもたちを中心に、競技人口を増やしていくことも重要になる。

 「斉藤も『先輩、ありがとうございます』と言ってくれている」と山下氏は笑った。ただ、まだまだやることは残っている。84年ロサンゼルス五輪、95キロ超級で金メダルを獲得した斉藤氏から「先輩、頼みます」と声をかけられ無差別級で金メダルに輝いた山下氏。天国からの「頼みます」の声は続きそうだ。【荻島弘一】