競泳の萩野公介(21=東洋大)が自己変革に成功し、金メダルに輝いた。男子400メートル個人メドレーを4分6秒05の日本新記録で制し、今大会の日本金メダル第1号となった。昨夏は右肘骨折で世界選手権欠場。水泳人生の危機を契機に、メンタルを強化し、悲願達成を呼び込んだ。瀬戸大也(22)も銅メダルを獲得し、競泳の同種目で複数メダルは60年ぶりの快挙となった。

 萩野は金メダルをかみしめ、こう言った。「えー、本当にこう、いろいろあったんですけど…。(コーチの)平井先生に金メダルをかけさせてあげたい、その一心でやりました。(勝利を確信したのは)平泳ぎを終えて、ラスト自由形を残していたところで」。2大会ぶりに、君が代がプール会場に流れた。

 昨年7月上旬、都内の東洋大の寮。萩野はA4用紙2枚に、自らの決意を書き殴った。「(略)自分は1人だと思い込んだ→その結果、試合で気持ち負け。自信なくす(略)」。右肘骨折で世界選手権を欠場し、緊急帰国した直後だった。

 12年から日本選手権を連覇。日本記録も保持するが、世界大会で瀬戸に勝てない。小学生時代から勝つことが当たり前。だからこそ、急成長した瀬戸に「負けられない」との守りの気持ちが先に出る。「真面目にやって負けるなら頑張らない」と体面を気にしたこともあった。

 昨年6月のフランス合宿で自転車で転倒し、右肘を骨折。平井コーチから「骨折で(世界選手権に)出られないのは格好悪い。でも(瀬戸に)気持ちで負ける方が、もっと格好悪いし、いけないことだ」と諭された。「ノーガッツ、ノーグローリー」(ガッツなくして、栄光なし)とのメッセージも送られてきた。

 もともと人嫌いで、さらけ出すことも苦手。相談相手は少なく、行き詰まる。「金メダリストは負けられない。一番負けてはいけないのは自分なんだ」と平井コーチ。「弱い自分、ありのままの自分をさらけ出せ」と言われ続けた。ケガをしてどん底だったからこそ、自分を見つめ直し、素直な思いを紙に書いた。リハビリとともにメンタル強化に本腰を入れた。

 1月の東京選手権。調整不足の瀬戸に弱気になって辛勝。平井コーチに「心技体の心が足りない。強く言いたい。もう許さない」と激怒された。弱い自分に戻った時は、A4の2枚の紙を見て、自らを戒めた。3月のスペイン合宿では北島康介と同部屋。勝負魂を学び、瀬戸への闘争心をかきたてた。

 屈折しかけた心は大舞台を前に整った。決勝前、平井コーチから「勇気を持っていけ」と送り出されると、鋭い表情で「行ってきます」と招集所に向かった。最初のバタフライで瀬戸に先行を許すも、背泳ぎで逆転。後半はケイリシュに迫られたが焦らない。ゴールタッチすると「(瀬戸)大也、先生、家族、いろいろな人に支えられて取った金メダル。(自分は)1人じゃないと心の底から思えた」。残りは200メートル個人メドレー、同自由形、800メートルリレー。自己変革で強い気持ちを得た萩野にもう死角は見当たらない。【田口潤】

 ◆萩野公介(はぎの・こうすけ)1994年(平6)8月15日、栃木・小山市生まれ。生後5カ月で水泳を開始。2歳で15メートル泳ぐ。作新学院中-作新学院高。中学時代は計29回も中学記録を樹立。現在も学童(小学生)記録2、中学記録10、高校記録5、日本記録4と計21個の国内記録を保持。12年ロンドン五輪400メートル個人メドレー銅。東洋大入学後の13年世界選手権は7種目に出場し銀2個。177センチ、71キロ。

 ◆前回のダブル表彰台

 56年メルボルン五輪男子200メートル平泳ぎで古川勝が金、吉村昌弘が銀。6000ccの肺活量を誇る古川は、スタートから45メートルまで潜り続ける泳法を披露。2位に2秒の大差をつけた。日大で古川の1学年後輩だった吉村も、潜水泳法を用いてソ連のユニチェフに0・1秒差で競り勝った。この大会以降、潜水は禁止された。