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深作監督を悼む/本社元記者・福井武郎 バンダナ、ランニングシャツ、ジーパンにハンドマイク―。深作監督のスタイルだった。主役も、脇役も関係ない。「もっと考えて動けよ!」。罵声だけでなく、走り寄って指導する。エネルギッシュな演出は99年、東映京都撮影所での最後の作品「おもちゃ」の時も変わらなかった。 「作さん、お若いですね」と聞いたら、ニヤリと笑って「そんなに若くないよ。最近は徹夜するとこたえるようになったもんな」と水戸なまりでボソっ。ところが、数日後、目を真っ赤にした担当プロデューサーが「午前6時までの撮影が3日も続いて、ダウン寸前。作さんは若い」とぼやいていた。ニックネームは“深夜監督”に“徹夜監督”…。撮影中の時間は完全無視。納得いくまでダメ出しを続けた。 若さの秘けつは「徹底した遊び」だったと思う。酒は前後不覚になるまで、飲む。79年には京都・木屋町のスナックのママに酔って抱きつき、顔を傷つけ、訴えられた。京都地裁での公判取材。深作監督の「全く、覚えてないんだ」という恥ずかしそうなつぶやきが、耳に残っている。シャイな人でもあった。 最後に会ったのは01年秋、東映の名物プロデューサー・俊藤浩滋さんの告別式だった。焼香を終え、柱にもたれかかっている監督に「次の映画の準備中ですか」と聞くと「今はテレビゲームの演出をしているんだけど、これが楽しいんだ。いろいろ勉強できるし、若い人が何を望んでいるかも分かる」とやっぱり水戸なまりで答えてくれた。常に新しいものを求めていた。深作監督は“行動する最後のカツドウ屋”だった。そう断言して、めい福を祈りたい。(フリーライター、元日刊スポーツ映画担当) | |
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