「おかげさまで優勝できました!」と、終わったその日のうちにうれしいメッセージを届けてくれたのは、中田達也選手(25=福岡)。先月30日に最終日を迎えた丸亀のルーキーシリーズで、私まで力が入った優勝戦でのことでした。

昨年12月26日、若松でうれしい地元初優勝を飾った時の中田達也選手
昨年12月26日、若松でうれしい地元初優勝を飾った時の中田達也選手

実は、その前検の前に取材を受けてくださった中田選手。「この取材を受けた前後に、いい成績を取る選手も多いってのも聞いてたんで、“優勝戦乗れて良かったなぁ”って思ってたら、優勝もしちゃいました。実は、あんまり(エンジン)出てなかったんで、厳しいかなぁと思ってたんですけど、なんか、はまりましたね。」と明るい声。

レースを見たうちのだんな様が「ようあの狭いとこ行ったねー」と言うと「初優勝がかかってる人も3人いたんで、あれしかないかなぁと思って」と流れや展開を読んで、冷静なまくり差しを決めた優勝だったことを話してくれました。

取材中、「そろそろ3回目の優勝したいですねぇ。しかも最近は、よくルーキー入ってるんで、そのルーキーシリーズで優勝したいなぁって思ってます」と話してくれていた直後に見事、有言実行された姿はさすがですよね。

レーサーになったきっかけは、福岡県立小倉商業高等学校に在学中。校長室の掃除を3年間続けていたご縁で校長先生とお話しする機会も多くなり、あの植木通彦さんが同校の大先輩だったということを耳にします。「将来は銀行員になろうと思ってたんですけど、中学から野球もやってたんで、どこかプロのスポーツ選手にも憧れがあって…。校長先生からその話を聞いて、初めてボートレースを見に行ったら、やっぱ迫力があってかっこいいなと思ったんです。それで調べたら身長とか体重も合ってたんで、受けてみようって思いました」と、高校3年の秋に試験を受けますが、残念ながら不合格。でも「そこでなおさら“絶対(ボート)選手になりたい!”って気持ちが強くなって、スポーツの専門学校に通いながら、筋トレしながら2回目で受かりました」と、最初は少し反対していたご両親も、いつの間にか応援してくれての合格だったと話してくれました。

中田達也選手が高校時代にお世話になった田中靖人校長先生(現九州産業大学教授)
中田達也選手が高校時代にお世話になった田中靖人校長先生(現九州産業大学教授)

113期のやまとチャンプにも輝いた中田選手は、2013年11月の芦屋ボートでいきなり準優勝戦にも乗る活躍を見せ、華々しいデビューを飾ります。でも、当時ご本人は「そんな実力ないのに取り上げてもらったりしてて、ちゃんと成績残さないけんなぁというのはずっと感じながら走ってました」と結果に対してのあせりもかなりあったよう。結果的に初1着は3節目に取ったものの、F2などもあって初優出に3年余りを費やしたことには「結構かかりましたね」と少し厳しめの自己評価をされていました。

「でも実はその初優出の節が、師弟になって初めて師匠の塩田北斗選手と一緒になった節だったんですよ。そこで、一緒のときじゃないと教えてもらえないような、終わってからじゃ伝えにくいようなことも『こうやってやるんやぞ!』って間近で細かく教えてもらって、優勝戦までの過ごし方とかも含めていっぱい学んだ気がします」と進化の理由を話してくれました。

時に、そのレース内容を指摘されることもあるそうですが、「いくら着順が良くても内容が悪かったら僕も納得できないし、そういうのを言ってくれる人は少ないですもんね」と素直に聞けるのは「尊敬してるんで!」と照れずに言えるくらいの真っすぐな思いから。師匠への感謝の気持ちも忘れずに努力を重ねた中田選手は、その初優出から約2カ月後、住之江で初優勝を飾りました。

その優勝戦について、「1Mはしっかり回れたんですけど、たぶんそこで“あ、1着やな”と思ってちょっと優勝を意識しちゃったんですよね。そこからめっちゃ守りに入ってました(笑い)」と言いながらもしっかり守り切った初優勝に「こっちの方が緊張したわぁ!」と師匠からも愛情たっぷりの言葉をもらったとのことでした。

今後の目標を尋ねると「せっかく選手になったんで、やっぱり一番上の舞台で戦いたいっていうのはありますね。そのためにもまずA1になりたいです! で、そのA1のためにもうちょっと勝率上げていかないといけないですね」と話してくれた中田選手。8月31日から芦屋で行われるルーキーシリーズ第13戦に出走します。「最近は、ちょっとずつ慣れてきて成績も残せるようになってきたし、地元なんで余計に頑張らんといけんな! って気持ちはありますね」と優勝へ向けての意気込みを語ってくれました。

 
 

ボートレーサーへのきっかけをくれた高校時代の恩師、田中靖人校長先生(現九州産業大学教授)とは、「選手になって何回かご飯に行きました! おうちにも遊びに行って、初優勝の時も報告しようと思ったら、校長先生の方から電話をくれたんです!」と本当にうれしそう。中田選手の恩返しは始まったばかりですね。