日本調教馬の凱旋門賞挑戦
過去に7頭挑戦しているが、優勝の栄光を手にした馬はいない。
初挑戦となったのは69年のスピードシンボリ。早くから海外競馬に目を向けていたシンボリ牧場の和田共弘が前々年の米遠征に続いて計画した。キングジョージ(英G1)で5着の健闘を見せ期待されたものの、11着以下(正確な着順は不明)の惨敗だった。
その後、72年にはメジロムサシが挑戦するものの18着。86年にはダービー馬シリウスシンボリが長期遠征で挑むも14着と結果を残すことができなかった。
勝利に最も近づいたのは99年のエルコンドルパサー。前年のジャパンC(G1)を3歳で制し自信を持った陣営が、99年シーズンの欧州参戦を決断。初戦のイスパーン賞(仏G1)では2着に敗れたが、続くサンクルー大賞(仏G1)で欧州の強豪を退けて勝利。続くフォワ賞(仏G2)も制し本番に臨んだ。ライバルとなる仏ダービー馬モンジューのペースメーカーを退けてハナに立つと直線に入っても軽快に逃げる。あと100メートル、逃げ切るかと思ったところにモンジューが強襲、半馬身差交わされ2着。快挙はならなかったが、その実力はフランスでも高く評価され「今年の凱旋門賞は勝ち馬が2頭いる」と地元メディアが伝えた。
02年にマンハッタンカフェが挑戦も、レース中に屈腱炎を発症し13着。04年に出走したタップダンスシチーは輸送用の飛行機が故障。フランス到着がレース2日前の強行軍となる不運があり、積極的に逃げたが直線失速し17着に敗れた。
06年、日本の最強馬ディープインパクトが参戦。無敗の3冠達成など日本での実績、「飛ぶ」と評される豪快な末脚はフランスでも大きな注目を集めた。しかし、欧州のスローペースの競馬に戸惑い、好位置でレースを進めるも爆発的な末脚を発揮できず3着。レース後、禁止薬物のイプラトロピウムが体内から検出され失格となった。
日本人騎手の凱旋門賞挑戦
日本人騎手は8人が挑戦して99年蛯名正義(エルコンドルパサー)の2着が最高着順。
外国調教馬とのコンビでの日本人騎手の挑戦は90年柴田政人のアサティス(12着)が初。94年には岡部幸雄(ダンシェンヌ=20着)、武豊(ホワイトマズル=6着)が初騎乗。武は01年に伏兵のサガシティで追い込み3着に入った。4度目の挑戦となるメイショウサムソンで、それを上回ることができるか注目される。
日本馬および日本人騎手の成績
| 開催回 | 施行日 | 優勝馬 | 性齢 | 騎手 |
|---|---|---|---|---|
| 第48回 | 1969年10月5日 | スピードシンボリ | 着外 | 野平祐二 |
| 第51回 | 1972年10月8日 | メジロムサシ | 18着 | 野平祐二 |
| 第65回 | 1986年10月8日 | シリウスシンボリ | 14着 | フィリッペロン |
| 第69回 | 1990年10月7日 | ※アサティス | 12着 | 柴田政人 |
| 第73回 | 1994年10月2日 | ※ホワイトマズル | 6着 | 武 豊 |
| 第73回 | 1994年10月2日 | ※ダンシェンヌ | 20着 | 岡部幸雄 |
| 第78回 | 1999年10月3日 | エルコンドルパサー | 2着 | 蛯名正義 |
| 第80回 | 2001年10月7日 | ※サガシティ | 3着 | 武 豊 |
| 第81回 | 2002年10月6日 | マンハッタンカフェ | 13着 | 蛯名正義 |
| 第83回 | 2004年10月3日 | タップダンスシチー | 17着 | 佐藤哲三 |
| 第85回 | 2006年10月1日 | ディープインパクト | 失格 | 武豊 |
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