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第54回 国土交通省大臣旗争奪 競艇 全日本選手権特集


1998年 プレーバック

浜野谷憲吾、念願のSG初優勝

全日本選手権最終日 優勝して賞金ボードを掲げる浜野谷憲吾=1998年10月11日、福岡競艇場
全日本選手権最終日 優勝して賞金ボードを掲げる浜野谷憲吾=1998年10月11日、福岡競艇場

 浜野谷憲吾(24=東京)が念願のSG初優勝を果たした。11日、福岡・福岡競艇場で行われた「第45回全日本選手権(競艇ダービー)」優勝戦(優勝賞金4000万円)は、浜野谷が5コースから豪快なまくりを決めて圧勝。獲得賞金額も1億2416万円とし、松井繁に次ぐ2位になった。また2着には高橋勲(神奈川)が入り、8月のMB記念に続き2大会連続で東京支部で1、2着を占めた。

 浜野谷は涙を必死にこらえた。歓喜のゴールを決め、ピットに戻った直後のこと。先輩の長岡茂一(33=東京)の声が聞こえた。「おめでとう」。96年のダービーでSGデビューし、一日に2度転覆した。そして昨年のダービーでは優勝を後輩の山崎智也(24=群馬)に奪われた。苦い思い出が浜野谷の中をよぎる。泣き出したい気持ちを抑え、ヘルメットを取った。「ありがとうございます」。その感情を笑顔で隠した。

 いきなり差をつけられた。ピット離れで大きく離され、3枠から5コース発進になった。「とにかく完走しよう。そうすれば賞金王の出場も確定する」。そう考えた。18の全速スタート。無理しないレースをするつもりだったが、内の大島、江口、松井がへこみ、絶好の態勢になっている。以前ならここで緊張し、ミスしていたはずだ。だが、今回の浜野谷は違った。体が自然に反応する。インの高山を一気にまくった。

 「今回の優勝戦はリラックスして臨むことができました」と振り返る。昨年のダービー、今年の笹川賞と気負い過ぎていた。それがレースミスにつながった。「長岡さんに本当に感謝したい」と言う。実は優勝戦前日の夜、長岡からリラックスの仕方を教わった。一種の呼吸法だが、それで長岡は実績を挙げた。「僕も8月のMB記念でSG初優勝した時、試したんです」と長岡は話した。そのおかげで、冷静さを保ったまま浜野谷は優勝戦を迎えた。

 もう一人、浜野谷の優勝に欠かせない人がいる。山崎だ。「これまで口には出しませんでしたが、後輩の山崎選手に先にSGを取られたことで、焦っていました。ずっとそうでした」と打ち明けた。昨年の賞金王シリーズを除き、浜野谷が優出したSG戦は、偶然にも2度とも山崎が優勝している。「いつかは自分も」と心に秘めていた。その思いがあったからこそ、この日の栄冠につながった。

 表彰式。またこみあげる感情が、胸の奥からわいてきた。浜野谷はもう一度、こらえた。「涙は賞金王が終わるまでとっておきます」。最後に照れくさそうに笑った。

[1998年10月12日付 紙面から]



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