銅メダリスト永井が押し切る/競輪
08年を締めくくる実力ベスト9戦士によるKEIRINグランプリ(GP)が30日、神奈川・平塚競輪場で開催される。北京五輪ケイリン銅メダリストの永井清史(25=岐阜)が「競輪」で頂点に立つ。先行は永井という下馬評だが、ただ小嶋敬二を引っ張るだけのレースは決してしない。自分のタイミングで仕掛け、まくらせず、差させず、ゴールまで押し切る。狙うは、練習グループ「闘心会」の総帥で、心の師匠加藤慎平と同じ、平塚でのGP初出場初Vだ。
勝つために、やって来た。五輪メダリストのプライドに懸け、永井が8人を引き連れ、しかも、先頭でゴールを駆け抜ける。「主導権は取ります。でも、考えて走る。自分が残らなきゃ、意味がない」。物静かに、しかし、言葉に強い意志を込めた。永井の中には、無理駆けし、早々と逃げつぶれるイメージはない。
決戦前日のこの日、朝練習では、もがきを入れて入念に乗り込み、公開練習では小嶋と前後して、ゆっくりと周回した。ファンの声援が心地いい。「お客さんから、頑張れと言われて、ますますやる気になった」と気合を入れ直した。
北京でギリギリの82キロまで絞った体重を、五輪後85キロまで戻した。通常3、4日間の競輪競走に対応するためだったが、「一発勝負なので」と、この半月で再び2キロ減量し、大一番に備えた。練習では今や敵なしで、心の師加藤は、岐阜記念の直前まで永井の練習に付き合ったことで体調を崩し、同準決で当日欠場に追い込まれたほど。「練習では(200メートル)11秒台前半が出ているし、仕上がっている」と自信満々だ。
その加藤からは「メダリストらしいレースをしてこい」と送り出されてきた。競輪を知らない人でも、永井清史の名前は知っている。師の言葉には、決して引き出し役だけで終わるな、という願いが込められている。30日、テレビの解説席に座る師に、決して恥はかかせない。
11月のふるダビ広島では、決勝当日の朝練習でほかの選手と激突し、右肋(ろく)軟骨骨折、右ひざ打撲で当日欠場という失態を演じた。「体よりも心の方が痛かった。ファン、関係者にはご迷惑をおかけしました」と振り返る。全日本選抜までは、特にひざの調子が悪かったが、それも今では完治。今回はリベンジの意味でも、車券に絡む気持ちは誰よりも強い。
「五輪のレースよりも、その後のインタビューの方が緊張した。今回も? そうですね(笑い)」というほどシャイな男が、3日間の取材のプレッシャーから今日、解放される。「五輪でも思い切ったレースができた。この大舞台でも同じように走りたい」。心の師が05年にGPを制した平塚で、今度は永井が、世界レベルのパワーをすべて出し切る。【栗田文人】
[2008年12月30日8時32分 紙面から]
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