平岡政樹(巨人・投手)
約1年ぶりの甲子園。ユニホームは徳商から巨人へ。
「緊張のしっぱなし!甲子園は高校の時とは全然違う場所に見えました!」

12球団、高卒ルーキー、一番のり1軍デビューを果たした平岡選手。「まさかの1軍。冗談だと思いました」という程、1軍登録当日は大わらわだったとか。1軍の雰囲気、中継ぎ、そして先発。今、成長のステップを一つ一つ上がっています。(プロ野球ai2004年9月号)

HISTOY 

「まさかの1軍。冗談だと思いました」という程、1軍登録当日は大わらわだったとか。
★前半戦は高卒ルーキーながら、4月25日に1軍登録されましたね。
「はい! でも、本当に突然のことでビックリしたんですよ。4月24日は、ファームが遠征中。僕はジャイアンツ球場に残留だったんです。練習が早く終わって、先輩と遊びに行こうかって話していた時でした。マネージャーから電話がかかってきて、今から甲子園に行ってくれって言われて。僕、思わず“いや、冗談はいいっすよ。何の用件ですか?”って聞きなおしたんですよ(笑)。その後は大騒ぎでした。何を持って行っていいかもわからない。キャンプ以来のスーツも、ネクタイの締め方も忘れちゃって(笑)。西村が締めてくれました(笑)。心の準備なんて全然できないままの1軍合流でした」

★昨春のセンバツ以来の甲子園。巨人のユニホームで入る甲子園はどうでした?
「自分のことでイッパイイッパイでしたよ(笑)。まずは先輩たちに挨拶をして。ず〜っと緊張しっぱなしでした。でも、こんなに早い時期に1軍で投げられると思っていなかったので満足しています」

★初登板は4月28日のヤクルト戦。9回裏からの登板でしたね。
「8点差が空いていたので、たまにいい当たりで打たれても大丈夫だろう、と前向きに投げました。1アウト獲ってから、緊張もなくなったんですが、この初登板はストレートが135kmと全然ダメ。その後、監督、コーチからの課題を持って2軍に落ちました」

★その課題というと?
「ストライクが取れるコントロールは高校までで十分。プロはコースや高さを投げ分けられるコントロールが必要だ、といわれました」

★それで、2軍ではどんな練習をしました?
「一生懸命投げるだけでなく、捕手の構えたところに気持ちを集中させて投げるように意識しました」

★その後、6月4日には再度1軍へ。そして27日のヤクルト戦ではプロ初先発!
「まさか先発とは思っていなかったんです。ケガや病気の選手が重なって。今度は下からどの先輩が上がってくるのかな〜なんてのんきに構えていたら、自分が先発! 首脳陣も、高卒でどれだけいけるかっていう期待の先発だったと思うんです。僕もできるだけ長いイニングを投げられるように、とそれだけを考えました」

★その初先発。初回で3失点。いろいろな課題が残りましたね。
「はい。緊張と力みで、普通に投げているつもりが、ベンチに戻るごとに、まだちゃんと前に投げきれていないって注意されていました。あんなにストライクが入らない、という状況は初めての経験でした」

★浮き足だってた?
「試合前から緊張していました。先発の動きがわからなかったので、中継ぎと一緒に練習しちゃって(笑)。本当、自分の力不足を実感しました。試合後、落ち込んでいたんですが、寮の行き帰り、車に乗せてくださっている木佐貫さんが励ましてくださいました。木佐貫さんも昨年の初先発。初回でKO。“お前の気持ちがよくわかる。当時は、鈴木尚広さんの車に乗せてもらっていて、試合の帰り、慰めてもらって頑張ろうっていう気持ちになった。俺も、オマエの気持ちがわかるから、できる限りのことはするから”って言ってくださったんです。僕の両親が徳島から見にきていたんですが、親がいるところまで送ってくれて。2軍行きが決まっていた僕の荷物を、寮まで持ちかえってくださった。 “お前は早く親のところへ行きなさい”って。本当にお世話になっています」

★いい環境の中で野球ができているんですね。
「はい。だからこそ、これからもその期待に応えて頑張らないといけませんね。今の課題は、まだまだ体が細いので筋力トレーニングをすること。それから細かいコントロール。初先発のときに、最後、スライダーで三振を取って終わった。それが、いい感触として残っています。もちろん、150kmを出したい、という理想は持ち続けています」

★後半戦、もう一度1軍のチャンスをつかみたいですね。
「そうですね。後半戦は、投げろといわれたところでは、必ずいい結果を出せるように頑張りたいです!」
撮影/政川慎治 取材/保坂淑子
★MENU

◆本サイトに掲載されている記事・写真等の無断転載を禁じます。
株式会社日刊スポーツ出版社