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はじめに
野球に限らずあらゆるスポーツにおいて、ウエイトトレーニングはその選手の技術・体力向上に欠かせないものとなりました。筆者が高校生の頃、今から14、15年前はまだ十分な設備がなかったものですが、今では高校生のトレーニングは当たり前。その成果は甲子園で、パワー野球と評価されています。
ほんの僅かの間に進歩し、そしてあらゆるスポーツ選手が必要とするようになったウエイトトレーニング。その成果も、期待を裏切らずに如実に現れています。
そのことを非常に喜ばしく思う反面、成果を求めるあまり、正しい方法から外れているケースをこのところ耳にしています。その方法は、全く正しいといってよいのか――そんなふうに、疑問に思うことが多くなりました。
筆者は幸いにも、テレビ等に取り上げていただく機会を何度も得ました。そしてそのオンエアを見ながら、皆さんが目にするシーンが極端すぎることに気がついたのです。選手のトレーニングの場面は、必ずといっていいほどラットプルダウンやベンチプレス。ちまりそれは、“アウターマッスル”の強化シーンばかりなのです。関節からは遠い、しかし大きくて強大な力を発揮することのできるこの筋群は、確かに主役なのですが、その前に鍛えねばならないもうひとつの主役を、大半の選手は忘れているようです。
それが、小さな筋群ながら、関節の近くにあって重要な役割をする“インナーマッスル”です。アウターマッスルを生かすも殺すも、このインナーマッスル次第といっても過言ではないほどです。
現実に、皆さんがよくご存じの近鉄・野茂、山崎、赤堀といった投手陣は、まずインナーマッスルを十分すぎるくらいに教育、強化し、そしてそれを継続しながらアウターマッスルのトレーニングを行っています。インナーがメインディッシュで、アウターがそれをもりつける“皿”といった関係なのです。
メディアは迫力があって、絵になるアウターマッスル強化シーンを多用するため、アマチュアの方は、「野茂らがベンチプレスなどをガンガン行っている」と、そのように誤解してはいませんか。筆者は、それをとても危惧していました。現実に、近鉄を退団後、この1年間アマチュア野球を積極的に見て来ましたが、「昔とは違うんだ。これが科学だ」といって大半の投手がアウターマッスルの強化を驚くほどの量で行っていました。
そのパターンは、初めのうちはスピードがかなりアップし、パワーピッチングができる。そしていい結果も出る。が、インナーをそのままの状態でアウターのパワーばかりがアップし、両者のバランスが崩れるほどになると、初速は出るが終速が出ない――いわゆるキレがない。しかも、肩に痛みが出てきやすいという結果も招く大きな要因になります。
いい投手であるためには、ウエイトトレーニングは不可欠です。しかし、そのためにはまず行わなければならないことがあります。それが、インナーマッスルの教育と強化です。
この本では、いかにインナーとアウターのバランスが大事か。インナーを鍛えずにアウターばかり鍛えれば、どんな弊害が起こるのか。そして、ではどのように教育、強化すればよいのかを、できるだけ分かりやすく解説しました。筆者の家族同然の存在である近鉄の、投手陣を初めとした選手たちは、この理論を頭に入れて日夜取り組んでいます。誰に強制されることなく、自らの意志でトレーニングを行っています。その光景は、他の人々の目には全く映ることはありませんが、十分に理解しているからこそ努力できるのです。
初めて耳にすることも、恐らく多いでしょう。わかりにくい部分もあるかも知れません。が、「野茂らがやっていることだから」という理解の仕方では長続きしません。どうかその重要性をきちんと頭に入れ、人に語れるくらいになってください。そうなれば、本当にいいトレーニングができ、また長続きできると思います。1日でも早く、1人でも多くの投手が、より長く、より太く野球を続けられるよう、期待しています。
この本を野球関係者の皆さんに贈るにあたり、多くの方に強力をしていただきました。そのうちの1人、筆者に多くの知識を教えてくれ、プロ、アマに限らず心から野球を愛し、多くの野球選手を助けている福岡の久恒病院・原正文先生に、まずは御礼申し上げます。筆者のTCA理論は、原先生の“HARA’Sエクササイズ”をベースにして作り上げました。それに、何度となく渡米し大リーグで学んだこと。特にノーラン・ライアンを初めとする一流投手、コーチ、トレーナー、同じ分野で研究を続ける大先輩・手塚一志氏のアドバイスを得、そして近鉄で得たことを加味してここに完成することができました。
加えて、以下の方々にも熱心なアドバイスを頂戴しましたので、続けて掲載し、心から感謝の意を表したいと思います。
高校の先輩である、元ロッテ投手の牛島和彦氏。元ヤクルト・栗山英樹氏。そして、近鉄の選手達。投手陣だけでなく、石井、光山、肩のケガからカムバックした大石選手ら近鉄の全選手、西武に移籍した小野など、彼らと共に学んだ5年間がなければ、この本は生まれてなかったでしょう。
最後に、筆者を心から理解し、時には厳しく、時には優しくかわいがってくれた近鉄球団・前田社長、そして在籍中によく相談に乗っていただいた小野坂、福地両広報、市原稔球団部次長、井上浩一編成部次長に心から感謝し、球団関係者全ての方々に御礼申し上げます。
立花龍司
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