|
甲子園を目指す人々へ
はじめに───────
新聞記者として33年、つづいて大学教員を11年。この間、高校野球と接して来た。大学教員を退任した昭和63年は、夏の第70回大会の年でもあった。この大会を記念して「白球よ翔べ夏の甲子園」という拙著を朝日新聞社から出版して貰った。この著書が私の野球人生の最後の本と思っていた。
ところが、馬齢を重ねても健康に恵まれ、地方の高校球児の指導に、講演にそして地方大会の解説に情熱を燃やし、この間も春、夏の甲子園大会は、戦後の高校野球復活大会から50余年見つづけている。
昨年、夏の甲子園大会は、第80回の節目の記念大会を迎えた。この節目にもう一度、高校野球に寄せる思いを書いてみたい意欲にかられた。
日ごろ思うことをあれこれと想起して、読みものも多くの項目を設けて書いた。その一文の内容から読者の皆さんが、なにかを感じとって頂ければ幸甚である。
戦後の高校野球の誕生といきさつを書いたのは、時代が進むと共に、高校球史さえ知らない若い人々が多くなり、せめて高校の部長、監督、球児、父兄の方に知って頂きたいからである。
甲子園をめざして練習に励む球児と監督には、筆者が40年ほど前に出版した「考える野球」、20年ほど前の「私の野球論」にも書いたことと少々重複する点もあるが、それが技術向上には欠かせないことを、重点にして書いた。
さらに日本高野連に対しての提案というか、要望事項を数項目あげて延べ、そして野球留学選手について私なりに書いた。高校野球の審判員について常々不審に思うことを…。その他は夏の甲子園大会に関連することなどを思うがままに書いた。その内容については、筆者の思い違いなどがあるやも知れず、そのような点はお許し願いたい。
夏の大会を中心に書いたが、春の選抜大会にも少し触れてみた。
いずれにしても、昨今はこのような内容の高校野球書は、書店でも目にとまらなくなった。この拙著が、これからも前進をつづける高校野球のためにも、そして監督、球児らのためになってくれたらと思う。
|戻る|
|