両手で食らいつく丸ごと鶏一羽
ペッパード・チキン
〜ヴァイキングもお気に入り、薫り高きペッパード・チキン〜

 デンマークの町をほっつき歩いていた時だった。カップルが鶏丸ごと一羽と格闘しているのがガラス越しに見えた。デイトなのだろう、若い二人は精一杯お洒落していたのだが、鶏をナイフとフォークで食べたりはしていない。こんなに美味しいものを前にして、まどろっこしい事なんかしていられないと、シャツやジャケットの袖を巻き上げ、両手を油だらけにしてかぶりついていた。

 窓から覗いている僕に気が付いたのか、これは本当に旨いぞ、とばかりに二人揃って親指を立てた。それが、全く同時だったので笑い、僕はつられてそのレストランに入った。店は繁盛していて、カップルの近くに席を取る事は出来なかった。

 ボーイと相談しながら頼んだのは、“ペッパード・ダック、オレンジ・ソース添え”。カップルが食べていたのは鶏でなく鴨だったのだ。

 待つこと小一時間、潰したペッパーが至る所にまぶされたロースト・ダックは食欲をそそる黄金色に焼かれていた。前屈みに鼻を近づけると、肉と油の香ばしい匂いの隙間から、柑橘系の果物の香りが漂ってくる。

 カップルを見習って、シャツを巻き上げ両手を使ってダックに食らいついた。スパイシーなブランディ・ソースが掛かった皮はバリッとし、淡泊な肉はほっこらとジューシーだった。それら対照的な味覚とテキスチャーが、口の中で渾然一体となり、食べる人を飽きさせない。柑橘系を存分に生かし、脂を丁寧に抜いていた鴨は、全く脂っぽくなかった。

 夢中になって食べながら、僕はまた考えていた。

「これをダッチ・オーヴンで作ったらどうなるだろう。きっと、上手く出来るに違いない」

 レストランを出た僕は、腹ごなしに大好きな本屋巡りをした。何軒目かの本屋で、探していた本が見付かった。英国で出版されているクラシック・レシピ・シリーズの一冊、ジャネット・シェリン著の「ロースト」がそれである。装丁は二十センチ四方でたった三十しかなかいページの十六番目に“ペッパー・ダック、ブランデー・ソース添え”の克明な作り方と写真が載っている。

 脂を抜くための穴を皮の至る所に開け、滲み出てきた脂を頻繁にスプーンですくって捨てる、これが鴨を美味しく料理する時には欠かせないとある。しかしダッチ・オーヴンで美味しく料理するコツは、ひとたび蓋をしたら出来る限り蓋を外さないということだ。

 その点、脂を抜くために頻繁に蓋をずらさなくてはならない鴨は具合が悪い。脂が少し余分にのったブロイラーの鶏で試してみると、これが実に旨かった。以来デンマークの石畳を思い出しながら、大切な彼女のために“ペッパー・チキン、コワントロー・ソース添え”を東京で作っているのだ。

材料
中抜き鶏1羽・レモン(1個)・オレンジ(1個)・グレープフルーツ(1個)・セロリ(2片)・粒コショウ(白と黒、適宜)・コアントロー(オレンジ風味のリキュール。大匙2杯)・小振りのじゃが芋(数個)

・・・・・作り方・・・・・

 鶏を良く洗い、30分ほど寝かせて水気を切る。

 鶏の外、及び中にレモン汁を擦り込む。再び、15分ほど寝かせ、味を馴染ませる。

 剥いたオレンジとグレープフルーツの皮を、沸騰した湯でサッと茹でる。

 塩、コショウ(潰したての白と黒を半々ずつ)を、矢張り鶏の内と外に擦り込む。

 3のオレンジとグレープフルーツの皮、そしてセロリを鶏の体の中に納める。こぼれ落ちないように、肛門はタコ紐で縛るかピンで留める。

 蓋の上に火種を置き、上下から230度に予め熱しておいたダッチ・オーヴンに、5の鶏を胸を下にして納める。

 添え物として、じゃが芋を隙間に入れたら、蓋をして一気に鶏の表面をシールする。

 15分ほど経ったら、鶏をひっくり返す。

 更に5分ほど焼いたら、火力を落として200度に調整し、1時間程度焼き続ける。
コツ 皮をカリッと仕上げるには、終盤に蓋と本体の間に隙間を作り、篭った湿気を逃す。 また、上下の火力の強さは、始めは下が強く、次第に上が強くと調整する。

10 焼き上がった鶏を取り出したら、アルミフォイルで覆い15〜20分休め味を落ち着かせる。

11 ダッチ・オーヴンの底に溜まった肉汁大匙1杯、それに白と黒の挽きたてコショウをくわえて、オレンジ風味のリカー“コアントロー”を垂らして煮詰める。

12 皿の上に10の鶏を置き、11のグレービーを掛ける。一緒に蒸した芋を添えれば出来上がり。

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