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ニイハオ、森のパワー・フーズ
中華粥の美味しさを教えられたのも、作り方を覚えたのも香港だった。初めて香港に行ったのは今から30年近く前、薄暗い路地の奥からはカシャ・カシャと中華鍋が火口と擦れる音が響いてき、テントで覆われた広場には無数の屋台がひしめいていた時代である。町全体に香菜、つまりチャイニーズ・コリアンダーの匂いが漂い、鍋釜から立ち上る湯気が充満していた。今の佇まいからは想像できない、猥雑さと食への欲望があからさまに漲っていたのが、当時の香港だった。 金がなかった僕は、安くて旨くて腹が満たされる、三拍子揃った中華粥ばかりを食べていた。一抱えもある大きな寸胴からは湯気が立ち上り、ゆっくりと対流する湯の中を米が泳いでいる。鍋の上には蒸し鶏、そして煮込んだ豚の内臓といった具がぶら下がっている。鍋の横には得体の知れない魚のミンチ・ボールが、そして粥に欠かせない中国の揚げパン・油條が並んでいたい。 その時の腹の具合で鶏の手羽先にしたり、豚の胃袋を選んだりするのだが、香港人を気取って油條だけは欠かさず頼んだ。土地っ子にとって、油條と呼ばれる細長い揚げパンは粥に欠かせない。熱々の中華粥に具をのせ、香菜を散らして箸で混ぜ、油條を小さくちぎっては入れ、ハフハフ言いながらかき込んだ。 朝は起きれば、まず広場に行き粥を啜った。昼、腹が空けば、路地裏の粥屋を覗く。夜は、酒の後のラーメンと同じで食べないと落ち着かない。湯気に吸い寄せられるように、一日に何度も中華粥を食べた。食べたさに香港に通い、香港に行けない時は盗み見た作り方で中華粥を作った。 中華粥は作り方は簡単なのだが、結構手間が掛かる料理なのだ。まず、中抜きの鶏一羽を鍋の真ん中に置き、米を入れ、そして水を注ぐ。水と米の比率は20対1で、米は研がない。後は沸騰させずに二、三時間は付きっ切りでアクを取り続ける事となる。その間は鍋に張り付いていなければならないから、何も用が足せなかった。 けれど、ダッチ・オーヴンで作り始めてからは、忍耐を強いられる気長な仕事から解放された。鶏を納め、米を入れ、そして水を張ってから蓋をして温めるだけで、澄んだ中華粥が出来上がる。重い蓋がピッタリと閉まり、外からの酸素の侵入を防ぐから、アクが浮かばない。鍋を火に掛けて放っておくだけで、中華粥がいつの間にか出来上がるという算段である。その上ダッチ・オーヴンは厚い鋳鉄で出来ているから、火はゆっくりとし優しく回り、よりまろやかに仕上がる。まるで中華鍋を作るために生まれてきたような鍋が、ダッチ・オーヴンなのだ。 キャンプに行くと、僕らは鶏や米、そして水を仕込んだダッチ・オーヴンを、まず火に掛ける。二、三時間後には中華粥は出来上がり、昔の香港がそうであったように、森中を旨そうな湯気で一杯にする。後は焚き火の脇に置いておけば、何時でも熱々の中華粥が食べられる。腹が空けば、各自勝手にシィエラ・カップなどによそって食べる。皆それぞれ好きな具を用意してくるけれど、一段落すると“作ろうか”となるのが油條だ。ダッチ・オーヴンは天ぷらやフライド・チキンといった揚げ物にも最適だから、油條も香港のロコ・ピープルもびっくりの仕上がりとなる。 広葉樹の森に包まれて、湯気を立ち上らせている中華粥を、フーフー言いながら食べていると、ああ僕らは紛れもないアジア人だと実感するのだ。
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中華粥 CONGEE(CHINESE PORRIDGE)
香港の粥は広東式で薄く、一方上海では濃く炊くというように、一口に中華粥といっても中国は広く数々の種類がある。広東式を土台に、好みでアレンジしたのが僕の中華粥だ。
1 ダッチ・オーヴンに良く洗った鶏を置き、米と水を1対20の比率で入れる。その際、米は研がない。
2 蓋をして最初は強火、噴きそうになったら弱火に落とす。湯の中で米粒がユックリと泳ぐ程度が、ベストの火加減。弱いと底に糊のように着いてしまい、強ければ米が崩れてしまう。 3 蓋をしたまま2、3時間炊き、いわゆる米の花が咲いた状態になったら出来上がり。 ■付け合わせ 鶏の滋養がたっぷる含まれた粥だが、味付けはされていない。小皿に盛った付け合わせをトッピングの感覚でとり、好みの味に仕立てて味わう。 ■欠かせない付け合わせ まず塩、コショウに胡麻油。次にザーツアイとちぎった香菜の葉。千切りにした生姜と、千切りにして晒したネギ。殻をむき8つに切り分けたピータン、そして腐乳。 ■あるとより愉しくなる付け合わせ 白身の刺身(雷魚の刺身が通なのだが、最近は手に入らないし、それ以上に寄生虫が怖い。醤油は、出来たら中国醤油)ルウ・ツアイ(タレで煮込んだ各種の肉や内臓。普通は、冷やして食べる。酒のつまみに最高なのだが、粥との相性も抜群だ。ル・ツアイが並ぶと、香港気分が一気に増す)
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