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マネージング・マイ・ライフ
献 辞 人生のあらゆる場面で、私たちは常に、自分を支え、導き、愛してくれた人々を思い出す。私はとても幸せな子ども時代を過ごせたことを神に感謝したいし、いまでも両親の暖かさや両親の実家の人々の支えを感じることができる。基本的に子どもは両親に似る。経験が人格の形成に寄与することはあっても、その人物の本質は両親の人となりに左右されるし、私の場合はまさにそうだった。 弟のマーティンは私と同じ道を辿り、性格は異なるものの、両親の創造物であることに変わりははない。それに、彼ほどの弟はいない。 妻のキャシーはわが家の大黒柱だ。マーク、ジェイソン、ダレンという3人の息子を育て上げたのは妻の力によるところが大きい。子どもたちはこれ以上望みようがないと思えるほどすばらしい人間になった。偉大な妻であり、母であるキャシーには家族みんなが感謝している。キャシーはいつも裏方に徹してきたが、ここらでスポットライトを浴びてほしい。私の成功に妻はとても大きな役割を果たしてくれた。地に足のついた彼女の行き方と無条件の支援がなければ、とてもできることではなかった。 1995年の夏を私は忘れることができない。キャシーと私は、叔母のイゾベルとその夫ソニーを訪ねてカナダへ行くことにした。電話で話したときに、ソニーが問題を抱えていると感じたからだった。マーティンと私は、彼に大きな借りがあった。教師だった彼は、私たちが子どもの頃に家庭教師として私たちの勉強をよく見てくれていたのだ。話をするうちに、いずれ自伝を書くかもしれないという話題になった。彼に敬意を表して彼の作った詩をそこに載せたいと頼むと、彼はあっさり許してくれた。悲しいことに、彼はそれから4カ月後に亡くなった。次の詩は、母のリズが亡くなった後でソニーが送ってくれた詩から抜粋したもの。陽気でやさしい母をうたった、私にとっては特別なものだ。
30年代に大人になるのはひどいものだった
うれしいことは数えなさいとリズはよく言った
ぼくの心の目にはまだはっきりとリズが見える その休暇のときに、甥のスティーヴンが19歳の若さで非業の死を遂げた。1999年の大成功を祝っているときでさえ、いや、だからこそ、あの頃のことを考えずにはいられない。
アレックス・ファーガソン
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