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十五歳の少女が書いた一通の手紙が、世界中の人々に感動を与えた。 『私はカンザスシティーでソフトボールのトーナメントを終えて、チームメートと一緒に飛行機でデンバーに帰るところでした。試合の最中に私は膝に大ケガを負ったため、足には大きなギプスをつけて機内後方の席に座っていました。私は足を折り曲げることができず、人が通る度に立ち上がり、通路のスペースを空けなければなりませんでした。すると、前方から一人の男性が歩いてきて私にやさしく声をかけてきました。 「僕の席に座ったらいいよ」 私は最初、その男性が一体誰なのかわからなかったのですが、チームメートや周りの乗客が、「クリーブランド・インディアンスの遊撃手、オマール・ビスケル選手だよ」と教えてくれました。私は、まさかそんなに有名な人が私のために席を譲ってくれるなんて思ってもみませんでした。 ただ、チームメートが私の近くに座っていたので、離れた席に座るのをどうしようかと私が迷っていると、ビスケル選手は私にもう一度強く勧めてくれました。 「僕のファーストクラスの席に座るといいよ」 やはり、私には後方の席に座っていることが窮屈で苦痛だったので、ファーストクラスに座ることにしました。席に行ってみると、彼のチームメートが近くに座っており、彼らは飛行中にやさしく私に話しかけてくれたりと、ギプスの足を気にせず楽しく快適な空の旅を過ごすことができました。 私の席に座ったビスケル選手は私の妹の隣に座り、飛行中ずっと楽しい話をしてくれて、とても親切にしてくれました。 この出来事以来、私はビスケル選手の大ファンになり、メジャーリーグファンになりました。これからもずっとずっとビスケル選手とメジャーリーグを応援していきます』 この手紙を書いたレイチェル・ダンドーは、ビスケルとチームメートが彼女や自分の妹やチームメートにやさしく接してくれたことに感謝し、素晴らしい行動を人々に知らせたくてこの手紙を書いた。 一方、ビスケルはカンザスシティーで試合を終え、二日後に行われるオールスターゲームに初めて出場するためにデンバーへ向かう途中の出来事だった。 オールスターゲーム−−ここに選ばれるメジャーリーグの中でもほんの一握りの選手の限られており、選手にとって大変名誉なことである。オールスター選手、こう呼ばれるだけで選手本人はもちろん、選手の家族や親戚は皆鼻が高い。何といっても超一流の仲間入りを果たしたのだから。 しかし、ビスケルは一流選手になった事を考えるどころか、それよりもケガをしている少女に自分の席を譲るほうが先だった。ビスケルは少しでも少女が苦痛から逃れられるのであれば、という気持ちから出た自然な行動だった。 「僕はあの少女の痛みがよくわかるんだ。あの状態で窮屈な席に座ることがどんなに困難なことか」 ビスケルはいくつものケガに耐え克服する、といったくりかえしを経験しながら素晴らしく、そして魅力あふれるプレーを生み出してきた。その結果、オールスターゲームに選ばれる選手へ成長していった。 メジャーリーグよりも下のレベルにあたるマイナーリーグでは、選手の人材育成をするときに『人の痛みがわかる』教育を行う。残酷ではあるが、自分がまず痛みを経験しなければ、相手の痛みを感じ取ることはできない。生存競争の激しい社会であるだけに、ライバルに勝ってはじめてメジャーリーガーの地位を手に入れることができる。試合中にデッドボールにあうこともあれば、思いっきりのよいプレーを披露しようとしてダイビングキャッチしたときにケガするなど日常茶飯事である。 こうした痛みを繰り返し経験しながら、ライバルやチームメートの故障、もちろん選手のケガだけではなく、人々の心の痛みや苦痛を心から感じ取ることができるようになる。そしてメジャーリーガーになったとき、苦しんでいる人々に何か貢献できることはないか、と様々な社会奉仕や社会活動に積極的に参加する。やがて社会に貢献する人物として、ロールモデル(社会的模範像)と呼ばれるようになり、地域や国のヒーローとなり人々から尊敬をされる存在となる。 あまり語られることのないメジャーリーグの舞台裏。そこには、決してテレビや新聞だけでは知ることのできない人間ドラマが繰り広げられている。 すべてが人間と人間との関わりが基本となっている。だからこそ魅力あるシーンが次から次へと生まれるのである。 この本が少しでもメジャーリーグの楽しみ方を知るきっかけになれば幸いである。 2002年10月吉日
タック川本
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