まえがき

 ここ数年来、私は長野、群馬、千葉の各県の高校を定期的に指導している。その三高校には、毎春、多数の新入部員が入学して来る。

 そんな部員にたいして、各校の監督は、私に新人との話し合いの場を設けてくれた。少年リーグを経験した数人は、それなりの野球知識を身につけている。しかし、大部分の新人球児らは、中学時代には、ただ野球が好きでやっていただけで、野球知識が乏しかった。わずか二年半ほどの野球生活でどんなに汗水を流して練習しても、基礎的な知識がなければ、その技術進歩も多くは望めない。

 前述の三高校は、その県でも、毎年好チームなのに・・・。折角の才能と青春が浪費されているように思えてならない。

 私は新入部員を前にして、まず言うことは、なにも知らないで、日々の練習をいくらやっても、技術は簡単に進歩はしない。同じやるなら、その技術をこなすために、これくらいのことを知り、考えて努力する方が早い。もし私が君たちの年ごろに、いま私が話したことを知っていたら、野球技術はさらに上達したろう。彼らに話した野球技術の基本的なことはこの本にも書いた。なにもむつかしいことは書いていない。それを実行してほしい。必ずその努力は実り、悔いのない高校野球生活を終えることが出来るだろうと・・・。

 この本のトップには打撃編を持ってきた。何故なら野球の練習で楽しいのはバッティングだ。アマ、プロを問わず、打撃に傑出した者は、早く第一線に起用される。この項目の中から、ヒントをつかみ根気よく続けることだ。

 つぎは投手−−捕手編を。これは私が日ごろ考えた事や見聞きしたものを書いた。

 守備編は内野手といっても、各ポジションは、各々異なった面が多い。そこで三十数年前に、私が当時のプロ野球界で、好守を誇った人々にインタビューしたものを「考える野球」という拙書の目玉として載せた。これを再登場させた。

 それは一流を極めた野球人たちが、自分のポジションに対する考えを述べたものである。一塁手は王選手、二塁手土井選手、三塁手長嶋選手(以上巨人)、遊撃手吉田選手(阪神)、外野手は中選手(中日)と柴田選手(巨人)らが語ってくれたことは現代の野球と果たしてどこが違うか。違うといえば球場がドームになったこと、人が多くなったことぐらいだ。

 内、外野編も技術的に見て、いろいろあろうが紙面的にも余裕がないので、前述した各選手の話で守備編を終わりにした。走塁編にも少しふれた。余白には「球界先輩の言葉」を。これは故人となった野球人(三十数年前の「考える野球」から転載)。さらに現在の大学野球監督の数人と元プロ、アマ監督とOB各氏の言葉・・・わずかな行数ではあるが、その言葉は、指導者、球児ら、そして野球を志す人々にとっても味わうべき一文だと信じる。

 さらに考察を三項目、これは私がここ四十数年来「投手が踏み出す足指先の角度」について注視しつづけたものと、「右投げ左打ちの利点とイチローの打撃について」述べた。

 野球はスポーツの中で最も奥深いものがあると思う。野球技術を文章で説明するのは難しい。老骨に鞭打ちながらなんとか、本を書き終えた。思えば球師飛田穂洲先生との出会いが、私の長い野球人生の無限の指標となっている。

 そしていまはただ・・・、全国の高校、中学校の球児ら、その指導者の多くの方々には是非一読して頂きたい。さらにプロ、アマの野球関係者、球児の父母の方々にも読んで頂ければ、共感する点が多々あることを確信する。

 この本が高校野球の技術向上のために、よき「野球教本」となって、毎春入学する新人球児が手にすることを願いたい。

 はじめが少々長くなった。この本は「甲子園を目指す人々へ」の続編である。出版に当たっては、アマ、プロの野球関係の多勢の方々にお世話になった。写真でいろいろ無理をお願いした大友良行(朝日新聞写真部OB)、そして野球技術についてよく語りあった立教大学野球部後輩の稲川誠(元大洋投手、横浜スカウト)、種茂雅之(元日本ハム捕手、元オリックススカウト)らの皆さんのご協力に感謝したい。

 最後に出版にあたって、よき理解者となって下さった日刊スポーツ出版社の田中満繁社長にお礼を申し上げたい。

  平成十五年二月吉日相模灘、早春の潮風と共に

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