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プロ入り10年目の今年は、僕にとって重要な意味を持つ1年になります。まだ、はっきりしたことは言えませんが、来たる21世紀に僕は米国ツアー挑戦を実行するつもりでいます。そのために、今シーズンは賞金王という“手ごたえ”が欲しいのです。今季2千目のダイドードリンコ静岡オープンで、幸先よく優勝することができました。皆さん、これからも応援よろしくお願いします。
ところで昨年1年間、日刊スポーツ紙上で、僕の技術の全てを皆さんに伝えました。そして、この1冊の本が出来上がりました。ドライバーからパター、コースマネジメントまで、ボクが感じたもの、経験で学んだもの、人から盗み取ったもの・・・と、すべての要素を盛り込みました。 僕のゴルフ人生で分岐点となった1球があります。それは、2年前の日本オープン最終日18番ホールの第3打です。首位で18番ホールのティーグラウンドに立ったとき、僕の頭の中では「日本オープン」の文字だけが大きくなっていました。第1打は、プレッシャーに押されて持ち球のドローがかからず右の林へ。フェアウエーに出そうとした第2打は、木に当たって脱出に失敗。「カーン」と音がした瞬間、それまでの頭の中を占めていた「日本オープン」の文字が消えました。吹っ切れたんです。そして、15ヤード先にポッカリと空いた50センチの空間を見つけ、グリーンを狙ったのです。日本オープンの後、「逆境の場面をしのいで、よく優勝したよな」と声をかけられました。でも、僕はたとえ50センチでもあの空間しか見えませんでした。だって、僕にとって「人生を変えたショット」ではなくて「人生を変えなければいけないショット」だったのですから…。 そもそも僕のゴルフ人生は、逆境からのスタートでした。11歳からゴルフを始め、14歳の時点で僕は「プロになる」と決めていました。でも、166センチ、58キロと小さな体の僕が、大柄なプロと互角に戦うためには、どうしても飛距離が必要でした。だから、僕は飛ばすことだけを考えてジュニア時代を過ごしました。その頃くり返した試行錯誤は、今の僕のスイングに大きく生かされています。左手の3本は強く握ると、クラブヘッドが走らないので柔らかく握ること。テークバックは真っすぐ引かず、円を描くようにインサイドに上げること。体の中で一番力がある足を生かしたスイングをすること。こうして出来上がった僕のゴルフ理論。今、考えると体が小さい“おかげ”だったのです。 飛ばすことに専念していたジュニア時代が終わり、高校卒業後は、石井哲雄プロに弟子入りを申し込みました。ところが「体が小さいから」という理由でスイングも見てくれずに断られたんです。悔しかったですよ。でも、あきらめないで2度目のアタックで晴れて、研修生になることができました。 プロテストは、紙一重の合格でした。最終ホールまで、合格ラインに1打足らなかった僕は、第1打を左の林に打ち込みました。バーディーを取るしかない僕は、枝と枝の間を狙い148ヤード先にあるピンを狙いました。無事、2オンして、バーディーを取り、晴れてプロになることができたのです。さすがに、入った瞬間は足がガクガク震え、しばらく動けませんでした。 どんじりのスタートから始まったプロ生活。それが日本オープンに勝てるまでになりました。昨年も左ヒザの故障が長く続き、皆さんになかなかいいプレーをお見せすることができなかったのですが、なんとか11月のアムコインターナショナルで勝つことができました。 僕は「小さな体でも、プロで活躍できる」ことを、体の小ささに悩んでいるジュニアゴルファーに、証明して見せてやりたいんです。もちろん体の大きな人も、僕の理論を理解してもらえば、さらにスケールの大きなゴルフができるはずです。皆さんのゴルフライフが、この1冊の本でさらに充実することを願っています。 2000年4月吉日 田中秀道
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