元日本代表監督の岡田武史氏(58)が壮大な夢を描いている。昨年11月に四国リーグFC今治(愛媛)のオーナーに就任。10年後の目標に「J1で優勝争い」と「日本代表5人輩出」を掲げ、瀬戸内海に面す人口約17万人の港町から船出した。今季の目標はJFL(4部相当)。昇格のかかる全国地域リーグ決勝大会へ進むには、四国リーグで優勝するか全国社会人選手権で2位か3位(JFLクラブのJ3昇格数で変動)に入る必要がある。

 まずは四国リーグの2季ぶり制覇を目指している。17日、高知・春野陸上競技場で行われたFC今治-高知UトラスターFC戦を取材した。前年王者(今治は3位)との5戦全勝対決は、後半に直接FKとカウンターから2失点。残り2分で途中出場のMF中野和貴(22)が1点を返したものの、1-2で敗れた。

 オーナー初黒星に「(自ら手を打てず)イライラするけど任せてるから。サポーターの気持ちが分かったよ」と苦笑いしたが、試合は圧倒的に支配していた。ワンタッチでテンポ良くボールを回し、相手の間に顔を出す。ギャップにパスを通しては味方を追い越し、何度も最終ラインの裏を突いてGKと1対1になっていた。フィニッシュの精度こそ欠いたが“5部”のクラブには見えなかった。今治で有名な「村上水軍」。その波状攻撃を例えとするのも分かる好連係だった。

 それでも敗れ、岡田氏は「ボールを回せたことで勘違いした。サッカーをナメていたね」。厳しく指摘しつつも「開幕から比べれば着実に良くなっている」と手応えも口にする。ただ、先は長い。今はバルセロナの育成法をベースとした「型」を構築している最中。技術とコンビネーションを前面に出した攻撃的なポゼッションサッカー、日本人の強みである組織力を最大化する試み-。スペインなどの伝統国では、共通認識の「型」を持った上で自由な発想を上乗せする。日本人(アジア人)に合った「型」=「岡田メソッド」を確立し、それを下部組織からトップまで一貫した方針で強化しようとしている。

 「岡田メソッド」作成の責任者=メソッド事業本部長は、前U-17日本代表監督の吉武博文氏(54)が務めている。驚異的なボール保持率で11年のU-17W杯8強、13年の同16強に導いた戦略家。昨年のU-16アジア選手権は敗れたが、その反省を生かし、さらに進んだ戦術を模索している。大分の自宅を離れ、岡田氏と今治市内に借りた一軒家に住む。2人を中心としたメソッド会議は数時間に及ぶそうだ。

 吉武氏に聞くと「抽象的ですが」と前置きした上で「今は山登りのルートを探っている状態。富士山に登るよりエベレストに登る方が準備が必要だし、空気が薄いとか何合目にキャンプを張らなきゃとか、いくらでも考えることはある」と続けた。評価は「まだ20~30点」。ボールの動かし方の質を高め、GKと1対1になる回数を増やす。最終的に2対1、3対1をつくるサッカーを目指す。

 広島などを率いた木村孝洋監督(58)が「本気で上を目指すために変化しつつありますが、岡田さんのメソッドについては私も勉強中です」と話すように、スタッフも手探り状態の世界観。ただ、イレブンや地元は意気に感じている。かつてJ1山形に在籍したDF中野圭(27)は「歴史的な挑戦の第1歩に絡んでいる。やりがいを感じる」と話せば、サポーターズクラブ「アルゴノーツ今治」の和田竜太郎リーダー(26)も「今は3人しかメンバーがいないけど、チームとともに大きくならないと」。4月のホーム開幕戦に900人も集まったことには「想像以上…。街は確実に変わる」と喜んでいた。

 岡田氏のオーナー就任から半年。デロイト・トーマツ・コンサルティング、三菱商事、芸能事務所LDHなど地域リーグとは無縁? と思われる大企業から、総額1億5000万円と推定されるスポンサー料を集めた。「だいぶ東京での活動が落ち着いたから、これからは今治にいる時間を増やそうと思うんだ」。地元の小中高の指導者と連携した育成もプランニング中。試行錯誤しながら最後は日本サッカーを変えようとする挑戦を、今後も取材したいと思います。【木下淳】


◆木下淳(きのした・じゅん)1980年(昭55)9月7日、長野県飯田市生まれ。岡田氏にあこがれて早大に進学もアメフット部に入部。4年時に甲子園ボウル出場。04年入社。文化社会部、東北総局、整理部を経て13年11月からスポーツ部。Jリーグの担当クラブは鹿島。今回の高知出張で47都道府県を完全制覇。