浦和がJ1第1ステージ優勝を決め、国内では9年ぶりとなるタイトルを手にした。

 結果もさることながら、ファンの視線を意識した戦いを続けたことに、意義があると思う。

 ミハイロ・ペトロビッチ監督(57)には、代名詞の攻撃サッカーとともに、信条に掲げていたことがある。それは「非公開練習をしないこと」だった。

 ペトロビッチ監督 サッカーは常にオープンなものであってほしい。練習のミニゲームで、主力組にいろいろな選手を入れるのを見てもらって「週末の試合はどうなるのか」と思いをめぐらせてもらうのも、サッカーの1つの楽しみ方だと思う。みんなが「サッカーファンの裾野を広げたい」「集客を増やしたい」と言う。でも非公開練習はする。これはつじつまが合わないことのように思います。

 外国人だが、いつも「日本のサッカーのためには」という視点を忘れない。守備がもろいと言われながらも、攻撃サッカーを貫いたのも「見ていて楽しいサッカーをしないと、日本のファンはサッカーから離れる」と思うからだった。

 来日10年。日本サッカーを取り巻く状況は、よく分かっている。サッカーが断トツの人気を誇る欧州と違い、日本には歴史が長いプロ野球がある。

 国技の相撲も人気を取り戻し、錦織圭のテニス、浅田真央のフィギュアスケートなど、国民的スターを擁する競技もある。既存のサッカーファンの心をつなぎ留め、新たなファンを獲得する努力は、まだまだ必要だと感じている。

 だから広島時代から、槙野、李忠成らが奇抜なゴールセレブレーションをしても「ファンが喜ぶなら」と笑って許してきた。浦和の練習場では、いつも自らスタンド席に歩み寄り、ファンに「オハヨウゴザイマス」とあいさつもする。

 思えば、ペトロビッチ監督の師匠にあたる元日本代表監督のイビチャ・オシムさんも、非公開練習をすることはなかった。常に考えながら走ることを選手に求める、独自の練習メニューを通して、日本にメッセージを送る意図もあった。

 だからどんな時でも、サッカーについてのことであれば、我々記者の質問には丁寧に答えてくれた。

 現在横浜でプレーする中村俊輔が、スペイン1部エスパニョールに在籍していた当時のことも思い出す。スペインはじめ欧州では、練習後に毎日、選手が囲み取材を受ける習慣はない。

 だが中村は、世界最高峰の舞台に乗り込んだ代表のエースの「声」を、日本のファンが求めていることを重々承知していた。今まではサッカーに興味がなかった多くの日本人に、競技に目を向けてもらうチャンスだとも分かっていた。

 ただ、練習場周辺で多くの報道陣に取り囲まれれば、チーム内で浮いてしまう。だから日本の報道陣に、1つの提案をした。「練習が終わったら、2本向こうの路地に集合ね」。

 クラブハウスから少し離れた道端で待っていると、中村が毎日やって来る。そこでスペインリーグへの思い、選手の印象などを、毎日熱っぽく語ってくれた。

 ファンあってのプロスポーツ。成功している競技ほど、たゆまぬ努力を続けている。日本時間の22日午前には、ゴルフの全米オープンで、ジョーダン・スピースが優勝した。

 21歳にして、今年4月のマスターズに続くメジャー連勝。私は昨年までゴルフ担当だったが、彼についてはプレーぶり以上に印象に残っていることがある。

 昨年のマスターズでも、スピースは優勝争いを演じ、最終日を首位で迎えていた。35年ぶりの大会初出場初優勝、そしてタイガー・ウッズの最年少優勝記録の更新がかかっていた。

 観衆は息をのんだようにスピースを見つめていた。しかし2番ティーに向かう途中、私の目の前で少年が声をあげた。「ゴー、ジョーダン、ゴー!」。するとスピースはにっこり笑って少年に歩み寄り、ハイタッチをかわした。

 ゴルフは特にメンタル面が重要な競技だ。同じ場面で「ファンと関わっては集中が切れる」と思う選手もいるだろう。ゴルフは指先の繊細な感覚を要する。プレーの合間のハイタッチなど言語道断、と思う選手もいるかもしれない。

 だが若きヒーローは2番パー5でバーディーを挙げ、単独首位に立ってみせた。最終的には2位に泣いたが、少年も含めた2番ティー付近にいた者はみな、スピースの振る舞いにすっかり心を奪われた。

 米ツアーは年間ポイント王者には、約12億5000万円のボーナスを準備している。スピースは今大会の優勝で、約2億2000万円を手にした。

 それも1週間で最大50万人を集客する大会を持つほどの、巨大な競技支持層があるからだ。それをスピースはじめ、ほとんどの選手がよく理解している。

 プロスポーツに関わる人は誰だって、個人的な成功を収めたいと考える。

 ペトロビッチ監督にとっても、本当は練習を非公開にした方が選手を集中させやすく、スタメンや戦術が相手に漏れる心配もないかもしれない。スピースも観客の存在を頭から抹消すれば、昨年のマスターズで勝てたかもしれない。

 しかしプロ競技はあくまで、ファンあってのもの。ファンに見てもらえない好プレーには、意味はまったくない。興行として成功しなければ、プロとしてプレーする場すらなくなる。

 どんな時もファンサービスするのも、競技性の一端。普段からファンに「声」を届けることも、競技性の一端。そして満場の観客の視線を受け、重圧を感じてプレーするのも、プロスポーツの避けようのない競技性の一端だ。

 だから、サッカー日本代表には、ファンに声を届ける手間を惜しんでほしくない。チームは「勝つため」という理由で、取材機会を制限している。せっかく代表発の「球際」という言葉が流行語になり、Jリーグの試合内容も変わり、ファンがプレーを見る視点も変わったところだ。

 日本サッカーのフラッグシップモデルたる代表には、先頭に立ってファンの興味をひき、サッカーの見方を啓発していく役割がある。勝つために全力を尽くすのは当たり前。そして、それをプロとしての責務を果たしつつ行うことも、また当たり前だと思う。

 今後、日本代表がW杯で上位進出するという「結果」を出せば、きっと日本人を励まし、ファンを増やすことだろう。しかしペトロビッチ監督も、スピースも、ファンを喜ばすのは勝った時だけではない。

 ファンが競技に興味を持つタイミングは、ファン自身が決めることだ。プロアスリートは、常にファンに対し、競技の魅力を発信し続けるしかない。非公開練習をしないペトロビッチ監督の「サッカーは常にオープンであってほしい」という言葉は、まさに金言だと思う。【塩畑大輔】

 ◆塩畑大輔(しおはた・だいすけ)1977年(昭52)4月2日、茨城県笠間市生まれ。東京ディズニーランドのキャスト時代、ドラゴンボート日本選手権2連覇。02年日刊スポーツ新聞社に入社。プロ野球巨人担当カメラマン、サッカー担当記者、ゴルフ担当記者をへて、15年から再びサッカー担当。趣味はゴルフだが、石川遼にも「素振り時のヘッドスピードが、ショット時には半分になる」と指摘される思い切りの悪さが課題。血液型AB。