16日夕刻。さいたま市大原サッカー場内にある浦和のクラブハウスでは、スタッフが試合会場に持ち込んだ荷物を片付けていた。
ホーム仙台戦で勝った余韻が、弾む会話の端々ににじむ。忙しくも楽しげな「祭りの後」の光景を横目に、いそいそとクラブハウスに入ってきた選手がいた。
浦和の主将、MF阿部勇樹(34)だ。仙台戦では、リーグ100試合連続フル出場を達成した。
フィールド選手ではリーグ史上3人目となる大記録。しかし、行きつけの店で祝杯を挙げるでもなく、クラブハウスに戻ってきた。
「試合後も必ず誰かがいるんで、寂しくないですよ」と阿部は冗談めかす。無論、人恋しさにクラブハウスを訪れるわけではない。すぐさま交代浴などといった、身体のケアを始めた。
ナイトゲーム後は、クラブハウスを訪れることができるのが、日付が変わるころになってしまう。さすがにスタッフも引き払い、施錠されて入れない。
その時には、近くの健康ランドに赴く。深夜2時、無人の大浴場。サウナに併設された水風呂を使って、交代浴を行う。
深い静寂を、浴槽を行き来する水音が何度も破る。たゆたう湯気の中、目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませる。温まる身体を血が通う感触。筋肉が冷水で引き締まる感触。そうやって、阿部の夜はふけていく。
普段の練習前も、誰よりも早くクラブハウスに到着し、ウオームアップを始める。練習後のケアにも時間をかける。
もう34歳。決して若くはない。しかも常に激しい球際の争いにさらされる、ボランチというポジションをつとめる。それでも大きなケガもなく連続フル出場を続ける。その裏にはやはり、たゆまぬ努力がある。
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それでも阿部は「支えてくださるスタッフみなさんのおかげです。オレに限らず、このチームはケガが少ない」と言う。
我々担当記者は、リーグ戦などの直前、相手の予想布陣なども踏まえて取材をする。どこのクラブも、たいてい数人をケガで欠いている。
それに比べ、今季の浦和は、開幕以来ほとんどケガ人を出していない。
疲労蓄積を考慮した負荷の調整や、試合にピークを持って行くための方策として、別メニューを課される選手はいる。
しかし一定期間続けて別メニュー調整となった選手は、新加入直後の鹿児島合宿から股関節の違和感を訴えていた、外国人DFイリッチただ1人だ。
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今年の浦和は何が違うのか。取材していて気づいた変化は1つある。選手たちに、練習中のすね当て着用を義務付けた。
激しい衝突音まで伴う球際の攻防は、ゲーム形式のメニューが多い大原サッカー場の「風物詩」と言ってもいい。
DF槙野とMF梅崎、李らの競り合いは、もはや格闘技。ぜひ他競技のファンにも、一度は見てほしいと思うほどの迫力だ。
当然、打ち身、擦り傷などは絶えない。これらは選手からすれば、ケガのうちに入るものではない。
だがメディカルスタッフによると、こうした軽度の打撲こそが、大きなケガの温床だという。
無意識に打撲した箇所をかばう。また、打撲したことで可動域が減る。そうしたことで周囲にひずみが出て、関節やじん帯、骨に大きなケガが生じることは非常に多いそうだ。
すね当ては汗で蒸れることもあり、決して装着感は良くない。打撲などたいした問題ではないと思われがちなだけに、付けずに練習する選手は非常に多い。
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かつてオシム監督が「ドイツでは女子中学生でも、学校の授業ですね当てをしてサッカーをする。だからドイツは球際に強い」と指摘していたのを思い出す。
ケガを減らす一因であると同時に、球際の強さに磨きをかけることにもつながっているのだろう。
ACLでは、コロンビア代表FWジャクソン・マルティネスら世界クラスを擁するアジア王者広州恒大をも、球際の争いで制した。
たかがすね当て。されどすね当て。タイトルにあと一歩届かずに来た浦和にとってのラストピースは、もしかしたらこの小さなプラスチック片かもしれない。
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もう一つ気づくのは、練習ピッチの質の高さだ。このコラムでも取り上げてきたが、選手たちは「他の練習グラウンドとはまったく違う」と口をそろえる。
スパイクを履き、芝を踏ませてもらったが、確かに驚くほどやわらかい。
ティフトンという種類の夏芝の根が、土の中には張り巡らされている。夏芝の葉が枯れる冬の間も、根っこだけは健在。これがクッションとなり、選手の足を突き上げから守る。
ピッチの一角を掘り下げて調査すると、芝の根が網羅された層が、8センチ以上もあったという。
場所によっては、もっと分厚いところもあるかもしれない。ピッチ横の舗装面と比べると一目瞭然だが、グラウンドの表面は芝の根の層によって、地面より数センチも押し上げられている。
グラウンドキーパーの丁寧な仕事で、数年がかりで仕上げられた天然のクッションは、厚さが敷布団2枚分ほどもある。出色のやわらかさもうなずける。
選手たちは週に4~5回は、練習ピッチを走り回る。硬いピッチと、大原のようなやわらかいピッチでは、突き上げによるダメージ蓄積には大きな差が出る。当然の話だ。
阿部は言う。「オレがどんなに早めにクラブハウスに入っても、グラウンドキーパーさんたちはとっくに仕事を始めています。いつもピッチは最高の状態。本当にありがたい」。
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ペトロビッチ監督は「ケガを恐れていては練習にならない」と言う。
メディカルスタッフも同調する。「ケガをさせない1つの方法は、負荷もかけず、コンタクトプレーもさせないこと。でもそれではいつまでたっても向上できない。チームを本格的に強化する上で、けが人が出てしまうのは仕方ないことだと覚悟しています」。
そうやって全力で練習に取り組ませながらも、ケガ人が出ていないのは、負荷やコンタクトへの耐性が十分についたということ。それは選手本人だけでなく、スタッフも同様だ。
適正な負荷を目指したトレーニングメニューづくり。練習後のケア。そしてすね当てなどのケガ防止策。芝などの環境整備。
ケガが起きるたび「こうしてあげればよかった」と悔やみ、試行錯誤を繰り返したことで、選手をケガさせない体制ができあがったのだ。
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ピッチ内でも、今季は相手を敵陣の奥4分の1まで押し込むほどに、高い位置でのプレッシングが完成しつつある。選手たちの高度な連動で崩すパス主体の攻撃にも、磨きがかかった。
浦和は変わった。しかしそれは、今季いきなり変わったわけではない。
ペトロビッチ監督が指揮を執って5年目。スタッフも含めて、継続してチームづくりに取り組んできたからこそ、トライアンドエラーの成果が出てきている。
阿部の100試合連続フル出場達成も、試合が終わった深夜も交代浴を欠かさないような、たゆまぬ努力のたまものだ。それでも本人は言う。「やっぱり、結果を出せないと」。
すべては、悲願のタイトル獲得のため。自身の大記録も、けが人ゼロというチーム状況も、すべてプロセスにすぎないととらえる。いつももの静かな主将は、どこまでも冷静だ。
20日にはH組首位のシドニーFCとアウェーで引き分け、8年ぶりとなるACL決勝トーナメント進出を決めた。そして24日にはJリーグでも、首位の川崎Fとの天王山に臨む。
継続した取り組みは、実を結ぶのか。地球の南北半球をまたにかけた、首位との2連戦は、ペトロビッチサッカーが円熟期を迎えつつある浦和にとって、試金石になる。【塩畑大輔】