開幕から7敗1分けで最下位に沈む大宮アルディージャが、4月30日のさいたまダービーで今季初勝利を飾った。首位浦和レッズを撃破した瞬間、テレビ埼玉の女性アナウンサー、ラジオ局NACK5で応援番組を担当する女性MCは号泣していた。今の大宮の現状を見て思い出すのが、13年のジュビロ磐田だ。

 当時の磐田は、FW前田遼一(現FC東京)DF駒野友一(現J2アビスパ福岡)GK川口能活(現J3SC相模原)ら5人の日本代表経験者を擁していたが、開幕から7戦未勝利(5敗2分け)に陥り、この年は年間わずか4勝でJ2に降格した。7戦未勝利は、シュートまで持ち込む場面は多いものの最後の精度に欠くという内容で惜敗を続けた。

 指揮していた森下仁志監督(現J2ザスパクサツ群馬)は、攻撃的なサッカーを目指していた。どれだけ勝利に見放されても、戦術は変えず、ぶれずに攻撃スタイルを貫き通した。第8節湘南戦でそのシーズン初勝利を挙げたが、第9節に甲府に敗れた直後に解任。その後、長沢徹暫定監督(現J2ファジアーノ岡山)、関塚隆氏が指揮したが、巻き返しはならなかった。

 そして今季の大宮。昨季はクラブ史上最高の5位と大健闘し、渋谷洋樹監督(50)はキャンプから、攻撃の構築とポゼッションを目指し、トレーニングに励んでいた。開幕の川崎フロンターレ戦、FC東京戦と善戦も勝利に届かず。13年の磐田同様、内容と結果が伴わない。さらに攻撃陣は開幕から8戦でわずか2得点と深刻な得点力不足に陥った。指揮官は第5節鹿島戦から、再び「守備」に重きを置く現実路線へと舵を切った。それでも結果が出ない。守備も攻撃もすべて中途半端になる最悪な事態に見えた。

 だが第9節浦和戦。MF金沢慎が、浦和FW興梠慎三を徹底マークし、守備時には5バックにする「超守備的戦術」が奏功した。攻撃でも決定機は5回ほどあった。渋谷監督は常に「いい攻撃がいい守備につながる」と話すが、今回はまさに「逆も真なり」。いい守備がいい攻撃を生んだ。指揮官は「これで負けたら何も残らない。僕の賭けだった」と振り返るが、浦和を徹底的に研究した今回の戦術は、浦和と対戦する他クラブにとっても大きな参考になるに違いない。

 勝負の世界は「勝てば官軍」。理想の戦術がぶれないのも美学だし、現実的になるのもまた美学である。今季の大宮は、13年の磐田とほぼ同時期でのシーズン初勝利となった。ただ、1つ違うのは、勝利の相手だ。磐田は同じ年に降格した湘南だったが、大宮は首位浦和。リーグトップの攻撃陣を相手に、球際の強さや体を張った守備で完封した。これを継続できるか、このまま「燃え尽き症候群」で終わってしまうか。今回の守備を継続できれば、大宮の最下位脱出は近いと確信している。【岩田千代巳】

 ◆岩田千代巳(いわた・ちよみ)1972年(昭47)、名古屋市生まれ。菊里高、お茶の水女大を経て95年入社。主に文化社会部で芸能、音楽を担当。11年11月、静岡支局に異動し初のスポーツの現場に。13年1月から磐田を担当。15年5月、スポーツ部に異動し主に川崎F、大宮担当。