目と耳から消えることがない光景がある。

 15年、9月19日。夕刻にさしかかるイングランド・ブライトン・コミュニティスタジアムを、つんざくような「JAPAN」コールが包んだ。ラグビーワールドカップ(W杯)、日本-南アフリカ。エディー・ジョーンズ(現イングランド代表監督)率いるジャパンは、優勝候補を相手に、スポーツ史上最大と言われる番狂わせを起こした。

 29-32の後半ロスタイム。パワー自慢の南アにスクラムを仕掛けた末、WTBカーン・ヘスケスがゴール左隅に飛び込む。瞬間、観衆はもちろん、警備員までが半狂乱になって跳び上がった。ラストプレーでの逆転。喜びなのか、驚きなのか。人々の脳内はもう、目の前で起きたことの衝撃でショートしていた。

 あれから3年が経とうとする、6月19日。眼前でふたたび番狂わせが起きた。今度はサッカーのワールドカップ(W杯)。ただでさえ下馬評が低かった西野ジャパンがコロンビアを破った。圧倒的なアウェーの状況下で、1-1の後半28分にFW大迫勇也がMF本田圭佑の左CKに頭で合わせて決勝弾を奪った。スタジアムに駆けつけた、決して多くないブルーのユニホームが揺れた。スタジアムを埋めたコロンビアサポーターを感嘆させた。アジア勢として初めて、W杯で南米勢から勝ちを挙げた。

 率直に言えば、コロンビア戦を見て、いかに南ア戦が異常な空間だったのかを再認識した。ルール上、ラグビーは下克上が起きづらい。サッカーは簡単に点差が開かず、そもそも1点ずつしか入らないため「逆転」が存在しない。そういった競技性を背景に、開始3分で数的優位に立ったサッカーに対してラグビーは劣勢の土壇場で相手の得意なプレーに真っ向から挑み、倒した。それぞれの対戦相手と日本の過去成績、ドラマ性もふまえた感情だった。

 わかりやすく、ラグビー日本代表をジャパン、サッカー日本代表をサムライブルーと呼ぶことにする。勝利にいたるまでの道筋はまったく異なる。大会前に約300日の合宿を張ったジャパンに対し、サムライブルーは直前合宿のみ。指揮官を取り巻く状況も対照的だった。

 1つ1つ互いの経緯を書けばきりがない。ただ最も強く感じたのは、選手が背負うものの違いだった。ジャパンの選手は2019年W杯日本大会を前に、ラグビー人気の向上という使命を担っていた。ほぼほぼオールドファンの楽しみでしかなくなっていたところに南ア撃破という爆発を起こし、W杯が行われていることすらあまり浸透していなかった日本列島にラグビーを知らしめた。

 サムライブルーは日本サッカーの命運を背負っていた。14年W杯ブラジル大会は惨敗。今大会も期待感は高まらず、日本協会関係者ですら「この大会で惨敗すれば、日本のサッカー人気はもう回復しないかもしれない」とうつむきかけていた。数々の国際経験を積んだMF香川真司ですら「W杯はW杯。試合前は嫌ですね。考えてしまう。(ポジティブな感情とネガティブな感情の)引っ張り合い」と気持ちのコントロールの難しさを口にする大舞台が、日本サッカー界の瀬戸際だった。

 もし前回大会同様にコロンビアに負けていたら、サッカーの時代は終わっていたかもしれない。試合前日、DF吉田麻也は言った。「日本サッカーの人気に関わっていることの責任を持つことが大事。みんなが幸せになるために結果を出す。その覚悟」。失われかけていた未来に光をさす勝利だった。試合翌日、GK川島永嗣は「ブラジルで止まっていた時計の針が、やっと動きだした」と振り返った。

 ある意味で失うものがなかったラグビー。培ってきたものが崩れかけていたサッカー。成し遂げた1勝の価値はラグビーの方が大きいかもしれない。だが、かかっていたプレッシャーはサムライブルーの方が大きかっただろう。歴史を変えて大喜びしたジャパンの歓喜に対し、下馬評を覆したサムライブルーの笑顔には「みたか」というプライドがにじんでいた。ジャパンが日本に与えたのは衝撃だった。サムライブルーが与えたのは希望だった。

 ジャパンは南ア戦の直後、強豪スコットランドに完敗。初めて、1次リーグで3勝しながら決勝トーナメントに進めなかった。「大会史上最強の敗者」として、人々の記憶に名を残した。サムライブルーはどんな物語を見せてくれるだろう。次のセネガルは相当な強敵だと冷静に考えつつ、青写真を描きたくなる。そうさせる雰囲気を、今のサムライブルーは持っている。【岡崎悠利】