6月28日。ワールドカップ(W杯)ロシア大会の西野ジャパンの戦いにわく中、名古屋で“歴史的な一戦”を取材した。天皇杯2回戦。同6日にJFLの奈良クラブがPK戦の末にJ1の名古屋グランパスを下し、大金星を奪ったはずが一転、PK戦のやり直しに。その一戦だった。

 経緯を振り返る。1-1のまま延長でも決着がつかず、PK戦に突入した。奈良の4人目のキッカー、MF金久保彩は蹴る直前にケンケンのしぐさをし、主審はこれが不正なフェイントにあたるとし、やり直しを指示。金久保は決めて結果、PK5-4で奈良が勝利し、試合は成立した。

 しかし翌日、この試合を観戦していた審判資格を持つ人物の指摘で混乱が始まった。昨季から蹴る際の不正なフェイントは、その時点で失敗というルールになっていた。そのルールに従えば、金久保のPKは失敗で名古屋が勝利していた。日本サッカー協会(JFA)は1度、勝敗を覆して奈良に「負け」を通告。その後にルール適用の誤りが確認され、PK戦だけのやり直しを決めた。

 その裏にはPK戦に限られたルール適用の認識不足があった。「審判の判断はさかのぼれないが、ルールの適用はさかのぼれる」。つまり、金久保の行為を反則のフェイントとした主審の判断をさかのぼって覆すことはできない。しかし、その後のPKを失敗とせず、蹴り直しにしたのは「ルール」の適用の謝りで、さかのぼって正式なルールに従わないといけない。また試合は延長までの1-1で成立し、PK戦はあくまでトーナメントを勝ち上がるチームを決める方式。そのため、PK戦からやり直す史上初の事態となった。

 「やり直し」はメインスタンドが無料開放とはいえ、平日にもかかわらず2000人以上が詰めかけた。奈良からもサポーターが駆けつけた。両チームとも午前中に練習し、その後に移動。試合前練習も、選手入場も、その後の記念撮影も通常通り行われ、その後すぐPK戦に入ったことだけが異様だった。

 16人目で決着がついた結果は7-6で名古屋がJ1の意地を示した。ただ勝利の瞬間も、だれも喜ばない。笑顔なき勝利。試合後の名古屋FW佐藤寿人(38)の言葉が象徴する。「勝って素直に喜べるかといえばそうではない。1度、奈良が勝って成立していた試合。逆の立場なら到底受け入れられるものじゃない」。

 「歴史的な一戦」と記したのも、もう2度とあってはならない、2度と見ることはないと思うから。審判も人間、間違いはある。その観点からW杯でVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)、野球でもリプレー検証が導入され、話題になっている。いずれも誤りを即、その場で正すもの。今回の22日後のやり直しは、その間に傷つくようなこともあった選手もいたと聞く。2度とあってはならない。約13分間の試合を見て、その後の選手の表情を見て、声を聞いて、強く感じた。

 ◆実藤健一(さねふじ・けんいち) 1968年(昭43)3月6日、長崎市生まれ。若貴ブームの相撲、ボクシングでは辰吉、徳山、亀田3兄弟らを担当し、星野阪神でも03年優勝を担当。その後いろいろをへて昨春からスポーツ記者復帰。いきなりC大阪が2冠と自称「もってる男」。