広島皆実の藤井潔監督が大会史上3番目の若さとなる35歳で、日本一に登り詰めた。「広島県勢としては非常に苦しい時期もあったが、先輩たちの積み上げてきたものが出せた」。

 97年に教諭になり、最初の赴任地は広島からフェリーで約30分の大崎島にある大崎海星。新入生合わせて何とかチームが成り立つサッカー部を、在籍5年間で3勝させたことが島中の話題になった。02年から広島皆実でコーチに就任し、07年4月に監督へ。わずか2年目での栄冠だった。

 自ら近づかなければ「信頼は勝ち得ない」との信念がある。今大会は勝つごとに、ロッカールームで「よっしゃー」と叫びながら選手の輪に飛び込んだ。広島国泰寺時代も全国選手権の経験はなく“勝てない広島県”を肌で知っていた。

 大会中は、宿舎から徒歩10分ほどの距離にある品川神社への参拝を欠かさなかった。祈願成就の守護神・天比理乃命(あめのひりのめのみこと)を勧請した経緯がある神社に毎朝6時、1人で手を合わせた。

 「今まで鍛えてもらった九州のチームと素晴らしい試合ができて感謝のひと言。本当に選手の頑張りに感動している」。現役時代の経験から4バックとダブルボランチを固定し、前線は流動的にした。状況を的確に読み、積極的なタクトで優勝に導いた。そして選手と同じ目線-。若さを武器に、広島県の黄金時代を担う指導者が現れた。