日本代表バヒド・ハリルホジッチ監督(64)が新春インタビューに応じ、勝負の17年への思いを熱く語った。18年W杯ロシア大会出場権を懸けたアジア最終予選は、折り返しの5試合を消化。B組で出場圏内の2位につけているが、大混戦だ。日本サッカーの今後を左右するかじ取りを任された指揮官は、選手に抜け目なさ、ずる賢さを意味するフランス語「マラン」を求めた。なりふり構わず激戦を勝ち抜くつもりだ。

 日本人の良い部分を尊重しつつ、ハリルホジッチ監督はピッチでもっともっとしたたかになれと選手に求める。17年。新たな合言葉は「マラン(malin)」。フランス語で「抜け目なさ、ずる賢さ」を意味する単語だ。「決闘」を意味し、激しい競り合いを制すために就任以来連呼している「デュエル(duel)」に続き、新たにハリルの単語帳から飛び出した聞き慣れない言葉。かつてジーコが「マリーシア」、アギーレが「ピカルディア」と言い、植え付けようとして根付かなかった異国の文化。これが、ロシアまでたどり着くための切り札になるかもしれない。

 昨年10月のアジア最終予選の大一番、オーストラリア戦でFW原口元気が、不用意なファウルを犯しPKを与えた。この場面を、マランを交えて解説するとこうなる。

 「元気は(6月のキリン杯)ブルガリア戦でも、オーストラリア戦と全く同じことをやりました。『私だったら元気の前にポーンと入ってレッドカードを出させるよ』と言いました。それがマラン。わざと(ファウルを誘って)前に入って、引っかけてもらう。これがマラン。これは技術。日本にはない。マランは技術です」

 現役時代はFWとして活躍した。得点にこだわりフランスリーグで2度の得点王に輝いた。当時の経験ももとに、こう続けた。

 「私はマラン(抜け目のない選手)でした。スペシャリストです(笑い)。イタリア代表ともよく試合をしました。イタリア人は(見えないところで)つねったり引っ張ったりしてくる。昔、ジェンティーレ(※注)という選手がいた。むちゃくちゃ悪いヤツでした(笑い)。後ろ髪をギュッとつかまれたので、私が突いたらイエローカードをもらってしまった。それを見て、後ろで笑ってました。20分後、CKの混戦で股間を蹴ってやったんです。そして『元気か~い?』って言ったら『次はお前の股間を蹴るぞ』と言われましたね」

 「マラン」のない選手、つまり日本人選手のほぼ全員は、ハリルの単語帳から出たもう1つの「ナイーブ(naive)」という言葉でくくられる。これを樋渡通訳は、思いを込め「ばか正直」と日本語にして、伝えている。きれい事ではなく、現実問題、サッカーの世界には“正直者がばかを見る”というリアルな面もある。

 ハリルホジッチ監督は、日本に住み3年目を迎える。日本が好きで、日本人への理解も進んだ。伝えたいのは何もずるをしろということではない。根底にあるのはこんな思いだ。

 「日本には、日本の教育や伝統、習慣がある。だから優しさが(前面に)出てしまう。それは良いことだ。本当に優しい人たちだなと思います。けれども、それはピッチでは食い物にされてしまう。ピッチに入れば、その優しさを見せない努力をしないといけないんです」

 新春インタビューは一方的にまくし立てるマシンガントークではなかった。珍しく、肩肘張らず大いに語った。ジョーク交じりに脱線し、昔話にまで及んだ。ただ、決意は固い。どんな言葉を用いてでも、どんなやり方をしてでも、選手を鼓舞してロシアへの切符を手にするつもりだ。すべては「私の仕事は日本のためですから。成功したい」-。この情熱に突き動かされ、64歳のハリルホジッチ監督は17年も信じる道を突き進む。【八反誠】

 ◆バヒド・ハリルホジッチ 1952年5月15日、旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナ生まれ。現役時代はFW。旧ユーゴ代表として82年W杯スペイン大会に出場した。引退後はフランスのパリサンジェルマン、リールなどで監督を歴任。コートジボワール代表監督も務め、14年W杯ブラジル大会ではアルジェリアを率い16強に導いた。フランス・リールの自宅に愛妻と家族、愛犬コスモを残して日本では1人暮らし。刺し身が苦手。

 (※注)ジェンティーレ 元イタリア代表で、82年W杯スペイン大会優勝に貢献したDF。同大会でアルゼンチンのマラドーナらをハードなマンマークで止めた仕事人。セリエAではユベントスで活躍。引退後はU-21(21歳以下)イタリア代表を率いた。ハリルホジッチ監督より1歳下の63歳。