<W杯アジア3次予選:日本8-0タジキスタン>◇C組◇11日◇大阪・長居スタジアム

 もう涙はいらない-。日本代表DF駒野友一(30=磐田)が代表初ゴールとなる前半35分の得点と2アシストの活躍で大勝に貢献した。10年W杯南アフリカ大会の決勝トーナメント1回戦パラグアイ戦でPKを外し、泣きじゃくった男が苦難を乗り越えた。フィールドプレーヤーでは日本代表史上、最も遅い国際Aマッチ65試合目での初得点で存在をアピールした。

 右足でぶち抜いた。DF駒野が史上最も遅い65試合目で待望の代表初ゴールを決めた。前半35分。相手のクリアボールを低い弾道で蹴り込んだ。「ゴールはずっと思っていたこと。やっとゼロが1になった。うれしい」。苦労人らしく積み重ねた日々が“記録”となって結実した。前半11分と後半2分には正確なクロスでFWハーフナーの2得点も生んだ。右足から1得点2アシスト。圧勝への流れを作り上げた。

 歓喜のピッチで駒野は笑っていた。心の底から笑っていた。もう泣き顔など必要ない。昨年のW杯のパラグアイ戦。PKを外しそのまま敗退。ピッチ上で泣きじゃくった。日本中にそのシーンが流れた。ワイドショーも取り上げ、日本が進撃を演じた歓喜の裏で陰の主役のように扱われた。

 W杯帰国後は「あれで日本のW杯が終わってしまった」と自分を責めもした。重い十字架だった。今年8月のスルガ銀行杯で“あれ”以来となるPKを蹴って成功させた。スタンドで見守った夫人は成功の瞬間、涙をこぼした。1年以上たってなお、駒野のまわりには涙があった。どれだけ重い失敗だったか…。家族さえも、十字架を背負っていた。

 PK失敗後も苦難は続いた。心の傷が癒えかけた昨年10月の韓国戦で右上腕部骨骨折の重傷。代表復帰まで10カ月を要した。ただ、日本代表における存在は揺らぐことはなかった。若手を積極的に登用するザック政権下でもケガのブランクも関係なく招集。この日の先発11人中、国際Aマッチ出場数はMF遠藤の112試合に次ぐ2番目。右サイドバックの位置を争う内田をケガで欠く中“代役”と表現しては失礼なほどの働きだった。

 泣き顔と決別した駒野は、新たな1歩を踏み出した。

 「(PK失敗は)忘れたわけじゃない。でもあれがあるからこそ、立ち直って今の自分があるんだと思う。しっかりもう1度あの舞台に立てるようにしたい」

 つまずいても立ち上がる-。そして強くなる-。そんな無言のメッセージ。記録的な圧勝劇を、心の強い男のドラマが彩った。【八反誠】